変化を求め続けたからこその團十郎の350年…最高峰の名跡の歴史とは

スポーツ報知
襲名発表会見での市川海老蔵と堀越勸玄くん。ふすまにあるのが「三升紋」

 市川海老蔵(41)が、2020年5月に13代目、市川團十郎白猿を襲名することが決まり、早くも関心を集めている。7年ぶりの「團十郎」復活。最高峰で最も権威がある名前とされ、團十郎の歴史は歌舞伎の歴史とまでいわれる。しかし、なぜここまで名前が大きくなったのか。その背景や理由を探る。

 「実際になってみないと分からないが、計り知れない重み…」。1月、「團十郎」襲名発表会見での海老蔵の言葉だ。15年秋、堀越勸玄くん(5)の初お目見え前。「息子はまだ海のものとも山のものとも分からない。でもひとつ、はっきりしているのは『市川團十郎の家』に生まれてきてしまった、ということ」。そんな表現で名前の大きさに触れたことがある。一般人になじみがなく理解しづらい襲名の世界。歴代團十郎で主な人物を少し振り返るだけでも、その“重み”が分かるかもしれない。

 まず初代は役者でありながら「江戸の守り神」とされた。約350年前から現在も成田屋の“にらみ”が厄よけになる、と言われるのもそのため。口跡がもう一つだったというが、芝居を愛し狂言作者も勤め、荒事(荒々しく豪快な演技)の原型をつくり、江戸歌舞伎の頂点に立った。神格化される中、舞台上で役者仲間に刺されて死ぬ壮絶な最期を遂げた。

 團十郎の名を不動のものにしたのが2代目。初代の長男だ。まだ襲名披露というものが、しっかり定着していなかったころ。父の死後、わずか5か月で2代目を継いだ。「助六」「矢の根」などを初演し、人気が爆発。給金が本当に千両だったことから「千両役者」といわれた。

 7代目は10歳で後を継ぎ、「勧進帳」を初演。“ぜいたくは敵”の対象となり、天保の改革のあおりで江戸追放の憂き目にも遭う中、8代目とともに「歌舞伎十八番」を制定。荒事=成田屋の礎をより強固なものとし、市川宗家の呼称もこの時期に生まれた。

 7代目は7男5女の子宝に恵まれた。その5男が「劇聖」と今もあがめ奉られる9代目だ。名前を出さずとも「9代目」と言えば、この人物を指すのは歌舞伎の常識。毎年5月の「團菊祭」(歌舞伎座)の“團”は9代目、“菊”は5代目尾上菊五郎のこと。芸の高尚化に向け、明治に入り、1887年に初の天覧歌舞伎実現にも動いた。最初の狂言が「勧進帳」で9代目が弁慶を勤めた。7代目が志半ばだった「新歌舞伎十八番」を制定。舞踊の人気作「鏡獅子」などがここに含まれる。

 芸の伝承に終わらず、常に何か変えることができないか、という自問自答と勇気ある姿勢が、團十郎史をつくってきたともいえる。しかし、生まれたときから大名跡を継ぐ定めにある人生とは、いかばかりか。海老蔵は10代の頃、自分の宿命、運命、使命に苦しみ、暴れたこともある。先の襲名会見では深い「團十郎論」は出なかった。しかし、15年11月、しっかり答えている。

 「いくら團十郎家だからといって常にいい時代だったわけではない。歌舞伎の世界も栄枯盛衰。その時代、時代に生きた役者の力が勢力図にも大きく関わってくる。それが現実で良いことだと思う」。4年前のこの時点ですでに継ぐ覚悟は固まっていたのだろう。(構成・内野 小百美)

 ◆ふすまに三升紋

 歌舞伎役者には家ごとの「定紋」がある。市川團十郎家は3つの升を重ねてデザインされた「三升(みます)紋」。初代が初舞台時に贔屓(ひいき)から3つの升を贈られたことに由来。「暫」を始め、歌舞伎十八番の衣裳には必ず三升紋が使用。先の襲名会見時も金びょうぶにこの紋がたくさんあしらわれていた。

 ◆12代目、苦しみの末たどり着いた「不動心」

 海老蔵は42歳で13代目團十郎を襲名する。祖父11代目は53歳、父12代目は38歳の時。祖父は強い周囲の勧め。父は戦後第1世代との新旧交代期で歌舞伎低迷の中だった。好調な人気を続ける中で海老蔵は別格の大名跡を継ぐのである。

 父は11代目から芸が拙いと頭を殴られ、父の死後、不遇時代を経験した。12代目の継承に“危険性”という表現を使っていた。それは「團十郎」という大名跡に値する俳優となれないなら名前は単なるお飾りになってしまう、という思い。昭和60年4月から3か月続く披露公演を控え、成田山新勝寺に3日間籠もり、写経、水ごり、十三堂巡拝の参籠修業をした。

 「(初日が)近づいたら怖さを感じる。何が何でも8時間寝る」と言いながら枕元には台本、父の音声テープ、市川家の本が山積み。「何回か夜中にパッと目覚めた」という。内面の苦しさの末にたどり着いたのが“不動心”。海老蔵もまた同じ道を歩むことになる。(大島 幸久)

 ◆7代目が制定した歌舞伎十八番の演目

 「助六」「勧進帳」「暫」「矢の根」「外郎売」「毛抜」「鳴神」「景清」「不動」「関羽」「象引」「七つ面」「解脱」「嫐(うわなり)」「蛇柳」「鎌髭」「不破」「押戻」

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