佐藤純彌監督悼む 諦念…独特の死生観

スポーツ報知
亡くなった佐藤純彌監督。大作映画を数多く手掛けた

 「男たちの大和/YAMATO」「新幹線大爆破」など邦画を代表する映画監督として知られた佐藤純彌(さとう・じゅんや、本名同じ)さんが9日午後11時、多臓器不全のため、都内の自宅で死去していたことを17日、東映が発表した。享年86。この日、家族のみで告別式を終えた。喪主は長男で日テレディレクター、佐藤東弥(さとう・とうや)氏。3年前より消化器系疾患で療養していた。2010年「桜田門外ノ変」が最後の作品となった。

 佐藤監督は感情をあまり表情に出さない。取材をしていて、どこか諦念を漂わせているように映った。育った時代の影響は大きい。終戦を迎えたのは12歳のとき。「典型的な軍国少年でした」。数年早く生まれていたら「迷いなく志願して戦地に行った」。敗戦で一変する。「教科書に墨。日本史の否定。自分も全否定された。過去を白紙に。そんなのできないですよ」

 「男たちの大和」でブルーリボン賞の監督賞。監督デビュー作「陸軍残虐物語」で新人賞受賞以来42年ぶりの同賞だった。「この間、何をしてきたのか。おふくろもあの世で喜んでいるでしょう」と話したのが印象深い。東大を出て監督になったとき猛反対した母が、新人賞時、誰よりも喜んでくれたという。

 独特の死生観。病気が見つかっても治療を拒んだ。苦痛が伴っても自分で選んだ人生の閉じ方で天寿を全うする姿にもそれは表れている。(内野 小百美)

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