元第一プロ社長・岸部清さん告別式に300人 新沼謙治、森口博子らが秘話

2019年2月19日14時16分  スポーツ報知
  • 第一プロダクション元社長・岸部清さんの告別式で弔辞を読む千昌夫
  • 出棺で岸部清さんのひつぎを運ぶ千昌夫(左)と新沼謙治(同2人目)

 元「第一プロダクション」代表取締役社長で、11日に死去した岸部清(きしべ・きよし)さん(享年88)の葬儀・告別式が19日、東京・青山葬儀所で営まれ、芸能関係者約300人が参列した。

 68年から第一プロに所属した千昌夫(71)は弔辞に立ち、所属のきっかけとなった「星影のワルツ」の一節「別れることは つらいけど」を歌唱。「日本のエンターテインメントが隆盛を誇る礎を築いてくださった」と功績をたたえた。

 デビュー間もなく所属し、芸名も岸部さんから名付けられた歌手の西郷輝彦(72)は「鹿児島出身だから、西郷でいいだろう、と…。世田谷の社長のご自宅にも居候させてもらいました」と当時を懐かしんだ。西郷はその翌年に独立したが、自身の25周年パーティーの席に岸部さんを招き、当時の非礼をわびたという。「『おまえが立派にやっていること、それで終わりだ』と言って下さった

。度量の大きい方だった」と故人をしのんだ。

 日本テレビ系オーディション番組「スター誕生!」を機に事務所に所属した新沼謙治(62)は名曲「嫁にこないか」の制作秘話を披露。「『おもいで岬』デビューしたんですが、社長もまさか僕に対して若い女の子たちが追いかけてくるとは考えてなかった。女の子を意識して演歌っぽくない『嫁に―』を2曲目に出したんです」と、岸部さんの時流を見抜く目に感謝した。

 17歳から「第一プロ」ひとすじだった森口博子(50)は「実は、堀越学園に通っていたとき『才能がないから(故郷の)福岡に帰したほうがいい』とリストラ宣告を受けたことがあった」と告白。「でも『才能がない』と言われたことで逆に頑張れた。どの仕事も歌につながると思って、バラエティーも一生懸命やったら、レギュラー番組(最多)12本まで増えた。『ガンダム、バラエティー、森口博子』という方程式を作って下さった」と語った。

 葬儀にはほかに、扇ひろ子(74)、内田あかり(71)、松本典子(51)、大東めぐみ(47)、徳光和夫さん(77)らが参列。第一プロの第1号レコードである、井上ひろしさんの「雨に咲く花」の歌が流れるなかで、出棺となった。

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