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是枝監督の21年ぶりカンヌ快挙で思い出した役所広司の笑顔

2018年5月20日11時30分  スポーツ報知
  • 役所広司からパルムドールを受け取る今村昌平監督(1997年)

 世界三大映画祭の一つ、第71回カンヌ映画祭で是枝裕和監督(55)の「万引き家族」(6月8日公開)が最高賞のパルムドール(金のシュロ賞)を受賞した。19日(日本時間20日未明)の授賞式での是枝監督の「さすがに足が震えます」という第一声を伝える記事を大きな感激と共に読んだ。

 今回の快挙は日本映画では1997年、今村昌平監督の「うなぎ」以来、21年ぶり。そう気づいた瞬間、私の心は21年前の第50回カンヌ映画祭のメーン会場・ルミエールに飛んでいた。

 当時、映画担当だった私はオープニングを飾ったブルース・ウィリス主演の「フィフス・エレメント」を配給する日本ヘラルド(当時)の用意してくれたカンヌ市内のマンションの一室に他スポーツ紙の記者2人と“合宿”。今では考えられないことだが、2週間の会期中、現地にフル滞在。コンペティション部門に出品された「うなぎ」チームを密着取材した。

 83年「楢山節考」ですでに一度、パルムドールを受賞していた今村監督を映画祭サイドも歓待。当時70歳だった監督と昭子夫人を「日本映画界のマエストロ(巨匠)」として、夜ごとのパーティーでもてなしていた。

 私たち記者にも正装が義務づけられたため、めったに着ないタキシードを着用してルミエールでの公式上映に臨んだ。117分間の上映後、今村監督、主演の役所広司(当時41)らに満場のスタンディングオベーションが降り注いだ瞬間の誇らしさを昨日のことのように覚えている。

 公式上映後のパーティーでも常に冷静で淡々としている印象の今村監督が顔を上気させていたのを覚えている。前年、報知映画賞の主演男優賞を「Shall we ダンス?」で受賞した役所とは、それまでの数回の取材を経て、面識があった。そのため、「やっぱり、カンヌは最高ですね」と本音のコメントも聞けた上、お互いタキシード姿で記念撮影。「何か売れない漫才コンビみたいですね」と言われ、爆笑する一幕まであった。

 しかし、肝心の授賞式当日、高齢の今村監督夫妻は、すでに帰国していた。残された形の私は「監督が帰国したってことは受賞はないってことだな」と正直、思っていた。カンヌに詳しい映画関係者も「どの賞かは教えないにしても、受賞の打診は事前にあります。監督が残っていた方が、そりゃ、ベターでしょうね」と話していた。

 そんなわけで大きな期待もせず、今では考えられない失態だが、受賞時の予定原稿も用意しないまま、授賞式が始まってしまった。出席は作品関係者優先のため、会場となったルミエールには入れず、テレビモニターで式の様子を見届けることに。しかし、見つめていた画面で、ビックリすることが起こった。

 「休暇が取れているんで、この後は奥さんとヨーロッパをあちこち回ってみようと思ってるんです」と話していた役所がタキシード姿で客席の、それも特等席に座っている姿が何回も映し出されたのだ。

 「あれっ、役所さん、いるぞ!?」。こちらが“プチ・パニック”になったところで「パルムドール、うなぎ」という発表があった。54年、衣笠貞之助監督の「地獄門」、80年、黒澤明監督の「影武者」、83年「楢山節考」に続く日本人3人目、2度受賞はカンヌ史上最高タイという快挙が監督不在のまま、成し遂げられてしまった。

 その後は“合宿”場所に戻って、必死に授賞原稿の執筆。役所の取材もできず、監督も不在。それでも締め切り時間は迫る。必死に書いて、気がつくと外は明るくなっていて、帰国便出発の時間が近づいていた。

 そして、早朝の到着となった成田空港。到着ロビーに出ると、偶然、同じ便だった役所が降りてきた。やっと、「おめでとうございます」と言えた私に役所は「中村さんも、これからすごく忙しくなっちゃったね~。頑張ってね」―。そう言うと、今では日本中が知っている、さわやかな笑顔を残して去って行った。

 そう、是枝監督も今は夢心地のまっただ中にいるはず。帰国した瞬間に待っているのは、多忙な日々と祝福の嵐だ。(記者コラム・中村 健吾)

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