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共演して体感した、樹木希林さんの存在感

2018年9月20日11時0分  スポーツ報知
  • 樹木希林さん

 樹木希林さんと映画で共演したのは2003年11月のことだった。共演と書くと緊張するが、共演は共演である。

 ミステリー大作「半落ち」の撮影期間中のこと。配給元・東映の宣伝担当の方が「希林さんに向かって報道陣が押し寄せるシーンがあるんだけど、記者の一人やる?」と声を掛けてくれた。当時の私は入社2年目の23歳で、現在のように残念な下腹部はしていなかった。当然、返事は「ほ、ホントですか!? だ、出させてください!」だった。

 撮影当日。担当者に連れられ、樹木さんにあいさつに赴いた。「よろしくお願いします!」「あら~、ホンモノの記者さんが出るのねえ…。それはそれは…。よろしくお願いしますね」。腰をかがめて頭を下げる姿に、帰省先で祖母に迎えられるような安らぎを覚えた。

 いざカメラの前へ。葬儀場で、殺人事件の被害者の姉を演じる樹木さんの元に報道陣10人くらいが駆け寄り「お姉さん!」と迫るシーンだった。百戦錬磨のエキストラが集った他の記者役と押し合いへし合いながら、私は名女優に向かって突進した。

 目の前で見る樹木さんの演技は、素人目にもテイクを重ねるごとに洗練されていった。現場の空気を捉え、表情や言い回しを少しずつ変化させていた。「樹木希林」の存在感とは、細部の改良を積み重ねることで獲得するものなのだと知った。

 私のデビュー作にして引退作となった映画「半落ち」は、翌年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した。エンドロールの片隅に自分の名前を発見した時は、ちょっとだけグッときた。

 15日、樹木さんは亡くなった。最期に向かう日々を共に過ごした浅田美代子は翌々日、出棺の前に言った。「母であり、姉であり、親友でもある人でした」。姉という単語を聞いて、懐かしい記憶がよみがえった。15年前、樹木さんに「お姉さん!」と叫んだ一瞬のことを。(記者コラム・北野 新太)

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