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古市憲寿氏の芥川賞落選劇に見たフジテレビの悪のり…はしゃぎ過ぎだった模擬受賞会見セット

2019年1月17日7時45分  スポーツ報知
  • 昨年7月、「スポーツ報知」を訪問した古市憲寿氏。“封印”する写真に名残惜しさもチラリ
  • 16日の芥川賞選考会後、資料を手に選評を語った奥泉光さん

 いくらなんでも、これはやり過ぎだろう。16日の朝、フジテレビ系情報番組「とくダネ!」(月~金曜・前8時)を見ていて、そう思った。

 この日の番組では、同日午後4時から東京・築地の料亭「新喜楽」で選考会が開かれる第160回芥川賞と直木賞を特集した。同番組のレギュラーコメンテーターで数々の炎上発言で人気者となった社会学者・古市憲寿さん(34)の「平成くん、さようなら」(文學界9月号)が今回、堂々の芥川賞初ノミネート。この日は“時の人”を迎え、明らかにはしゃぎ気味の番組作りが展開された。

 特集コーナーの冒頭、メインMCの小倉智昭氏(71)の「古市君が古市先生になる日がやってきましたよ」という悪のり気味の発言で、すでに私は、ややイラッとしていた。作家インタビューを通じて、「先生」と呼ばれることを極端に嫌う作家も数多く知っているだけに、この日の小倉氏の発言には古臭さだけを覚えた。

 当の古市氏も眉をひそめながら、「すごいネガティブ・キャンペーンをされている感じ」と苦笑い。「別に賞は僕が決めることじゃないんで…。でも、ソワソワはしています」と正直な思いを語った。

 しかし、そんな当事者を置いてきぼりにして番組は暴走。選考会開始の7時間前に「新喜楽」前に山中章子アナウンサー(32)を派遣。「平成最後の歴史的選考会を前に厳粛なムードが漂っています。芥川賞作家・古市先生の誕生なるか?」と、ノリノリのリポートまで展開させた。

 ついにはスタジオ内に用意した金屏風の前に古市氏を座らせ、模擬受賞会見まで開催。これには古市氏も「なんで、金屏風なんですか? (番組が)親戚のように喜んでくれるのは、うれしいんですけど、余計なおせっかいというか」と苦笑いで本音をのぞかせた。

 ゲストの芥川賞作家・羽田圭介さん(33)も「もし、選考委員の方がこの番組を見ていたら、『アイツ、調子に乗ってんな』って落とされるかも知れないんで。古市さんにとって、この番組はマイナスになっている気が…」と、ジョークまじりに指摘したが、目は笑っていなかった。

 そして7時間後、羽田さんの“予言”は最悪の形で的中してしまう。

 私も開始1時間前に選考会に乗り込んだ。その結果が出たのは午後6時。座敷を埋めた約100人の記者の前に張り出されたのは、ダブル受賞となった「ニムロッド」の上田岳弘さん(39)、「1R1分34秒」の町屋良平さん(35)の名前だった。

 約10分後、選考委員を代表して、奥泉光さん(62)が選評会見に臨んだ。

 「最初に選考委員9人で投票した結果、最初の投票で上田さんが5・5点、町屋さんが5・5点、もう一人、高山(羽根子)さんが4・5点と、3人が高い点数を取りました。残りの3作品はもう一つ点数を集めれず、この時点で落選。その後、もう一度、議論を進め、最終投票で上田さんが6・0点、町屋さんが6・5点で2作品の受賞が決定しました」と、古市作品は一次投票の時点で落選していたことを明かした。

 上田作品について「完成度が高い。大変な跳躍力」。町屋作品について「徹底性が魅力。ボクシングをする若者を徹底して描いた筆の迫力が評価された」と褒めたたえた奥泉氏。古市作品始め他の3作については「率直に申し上げて点数的にかなり低かった。私が記者会見をしている理由は、私だけが三角を付けたから。他の(選考委員の)方はバツだった」と率直に語った。

 古市作品については「大変厳しい意見の中、厳しくないのは僕だけでした」と苦笑した後、「私は三角を付けたが、(作品が描いた)ポイントになるのは安楽死法が実現している架空の日本。実際に安楽死法が行われている日本が描かれていて、どこまでそれに批評性があるかが問題だった。私個人は批評性を認めてもいいと思ったが、ほとんどの選考委員が批評性がないと評した。それが大勢だった」と話した。

 その上で「主人公の描き方の細部には魅力があると、私は思った。母親の骨を神社に捨てに行くシーンなど印象的なシーンはあったが、もっと、そういうシーンが欲しかった。そこが目立つのは、その他(の描写)がもう一つだったからではないかという意見もあったが…」と続けた。

 どうだろう。ここまで、じっくり読み込んだ上での一流作家による選評。近大文芸学部教授でもある奥泉氏の誠実そのものの選評を聞きながら、私は「これこそが文学の香り。落選しても、ここまでじっくり自作を掘り下げてもらえる古市さんは幸せ者だよなあ」と心底、思った。

 どうして、こんなことを思ったか、私自身のことも書いておく。私も一時は月に20冊は読んでいた小説好き。家には本があふれている。辛い時に本に救われ、逆に本に耽溺することで、人生の辛さを忘れたこともあった。書物の大切さは結構、知っているつもりだ。

 だからこそ、奥泉氏の真摯な選評とは対極にある「とくダネ!」の番組作りに納得がいかない。文学が高尚なもので、テレビ番組がそれに劣るとは全く思っていないが、今回、「とくダネ!」が古市氏に行ったことは、まさに、ひいきの引き倒しではないか。文学自体も候補者としての古市氏も、こんな形でいじくり回していい存在ではないと、私は思う。

 今回の“悪のり金屏風”の前で「個人的に書いた小説なんです。1年半くらい前に個人的な事があって、書いた。そういうことも盛り込んで書いたので、本になっただけでうれしかった」。そう、ポツリと漏らした言葉こそ、古市氏の本音だろう。

 毒舌ゆえに炎上発言ばかり繰り返すキャラクターとして取り上げられることが多い同氏に関しては、こんなこともあった。

 昨年、「スポーツ報知」web記事が何回も使用した同氏の若き日の写真がSNS上で「まるでオバサンみたい」と話題になった。これを気にした同氏は昨年7月、新しいポートレート写真を撮るため、「とくダネ!」終了後に自腹でタクシーを飛ばして、報知新聞社を電撃訪問。素敵な笑顔の写真を多数、撮り直したという一幕があった。

 「ポエムのAO入試で慶大に受かりました」と、テレビ番組で明かしたこともある古市氏は、それほど繊細な一面も持っている。だからこそ、7時間後に芥川賞当落が決まる微妙な時間に文学賞ネタでいじり倒さなくても良かったのでは―。私は、そう思った。

 もちろん、この日の残念な結果に、フジテレビの悪のりが影響を及ぼしているとは思わない。ただ、炎上発言とは裏腹な繊細そのものの文学青年の横顔を知っているだけに、「ほっておいてあげれば良かったのに…」。そんな気持ちだけが残った築地の夜だった。(記者コラム・中村 健吾)

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