•  若手の落語家、講談師11名からなるユニット「成金」の正体に迫る連載。読み応えたっぷりのインタビュー記事を随時更新していきます。ご期待ください。

【成金の正体】講談界の風雲児・神田松之丞の原点「原動力はすべて“怒り”なんです」(1)

2018年10月2日16時0分  スポーツ報知
  • しぶらくに出演、観客を魅了する神田松之丞(カメラ・越川 亘)

 講談師・神田松之丞(35)はいらだっていた。釈台を前に張扇を打ち鳴らし、講談を語る。鬼気迫る表情やギラギラした姿で客を一気にストーリーに引き込む。自ら発する言葉で、圧倒的な熱量で、空間を支配していく。その高座が「松之丞がいい」と評判を呼び、人気を集めた。そのうねりは講談界という世界をあふれさせ、寄席演芸の器を満たし、さらに大衆へと広がりを見せている。「ありがたいことですけどね。ここまで来るとは思わなかったですよね」本人も驚くほどの展開だ。

 メディアへの出演はひっきりなしだ。4月にフジテレビ系「ENGEIグランドスラム」で講談を披露、6月には同局系「ダウンタウンなう」の「本音でハシゴ酒」で爪痕を残した。先日はテレビ朝日系「報道ステーション」にも出演した。

 注目されたきっかけはラジオだという。

 2017年4月にTBSラジオ「神田松之丞 問わず語りの松之丞」を始めてから潮目が変わった。「ラジオが一番の収穫ですね。名刺代わりになっています。“松之丞が面白いぞ”となってもいきなり講談はハードルが高いんですよ。まずはラジオを聞いて、それを“マクラ”にして、『じゃあ講談に行こう』となる。二段構えですね」。

 ■メディアで本音を言い続ける理由

 ラジオでの歯に衣着せぬ物言いで、テレビ局から出演オファーも相次ぐ。「変な毒舌キャラみたいに思われているけど、それは違うなと…。本音を言う人なんだけど、毒舌キャラとなるとニュアンスは違うかなと思います」。

 スケジュールは自身で管理している。手帳はぎっしりとスケジュールで埋め尽くされている。メールのやりとりで1日2時間費やされることもある。それでも芸能事務所に入ることを良しとはしていない。「事務所に入っていいことなんか一つもないです。発言も規制されるし、お金も取られる、時間も取られる、やりたくない仕事もやらなきゃいけない」。メディアで本音を言えるスタンスにこだわっている節がある。

 すべては講談につなげるためだ。「波が来ているのは間違いないけど、波の乗り方だけは間違えないようにしています。講談が核で、メディア(出演)はバイト。講談に来てもらう、自分が導線になって本物の聴かせ屋に出会わせて、聴いてもらう。そっちにハマらせるのが自分の役割です」。

 ■大きな欠落を埋めるために講談師に

 松之丞は9歳の時に父親を亡くしている。会社員だった父親はある日、家を出た。そして帰ってくることはなかった。当時の記憶は途切れ途切れだ。「でも死んだときの空気感は今でも覚えています。「そこまでは本当に明るい子でいつもニコニコしていたんです。毎日楽しくて。でも父親が死んで家庭がおかしくなって」。それから、人前で笑わない子供になり、自分の殻に閉じこもった。人生での大きな転機になったと著書でもふれている。「本にも書いているけれど、父親の死を理由にしているというか、『転機になりました』と言えば、人は喜ぶ。とはいえ、それを理由にしている自分は胡散(うさん)臭くて嫌いだなと思うし。いかにも分かりやすいストーリーだけど、実際にそうだし。欠落を埋めるために何かを探していて、たまたま講談に出会ったのかもしれない」。今でも揺れる思いを語り出し、そして続けた。「親父が生きていたら芸人になっていなかったと思う。それもいい人生だったと思うけど、松之丞は生まれてなかった」。

 師匠・神田松鯉に父性を感じるのだろうか。「良く聞かれるんですが、年齢が違う。40歳離れていて、おじいちゃんと孫ですね。でも師匠は野暮な父性は見せないですし、遠くから見つめてじっと笑ってくれている。それも心地いいのかもしれません。距離感が素敵ですよね」。

 ■売れるためのアイコンが欲しかった

 松之丞は二ツ目になるとユニット「成金」を結成した。桂伸三(当時は春雨や雷太)と焼き肉屋で夢を語り合った。伸三は述懐する。「(松之丞は)『自分たちの城が欲しい』と言っていましたね」。定期的に同じ場所で勉強会を開きたい。意気投合した2人は仲間に声をかけて同じ時期に前座修業をしていた11人が集まった。

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