マサ斎藤さん、倫子夫人が明かした最後の3時間半…止まった心臓を蘇生させようと闘い抜いた

スポーツ報知
マサ斎藤さんの妻・倫子さん

 今月14日にパーキンソン病で亡くなったプロレスラー、マサ斎藤(本名・斎藤昌典)さん(享年75)の通夜が21日午後6時から都内で営まれた。

 リングを再現した祭壇には、信条の「GO FOR BROKE!(当たって砕けろ)」が青文字で掲げられ、何度やられても闘志むき出しに立ち上がった現役時代のリング上で闘う勇姿の遺影が飾られた。戒名は、でリングネームの「マサ斎藤」。最後までプロレスラーとしてパーキンソン病と闘った人生を象徴する戒名だった。

 喪主の倫子夫人(68)は、遺影を「まさにGO FO BOROKE!全身で表していたマサさんらしい姿だと思ったからです」と明かし、リングを再現した祭壇を「パーキンソン病ってお医者さんによりますと、モチベーションが上がらなくて、ひどい時にはうつになってしまうのがとても大きな特徴なんです。ただ、来年2月に再びリングに上がるチャンスに恵まれ、本人はリングというだけで顔が変わります。それで集中リハビリをやって備えていた。その矢先ということでした」とマサさんが生きがいだった場所への思いを込めたという。

 また、戒名をリングネームにしたことについて「名前を付けてくださった御両親には申し訳ないんですけれども、やはり、マサさんはレスリングをやるために生まれてきたような人で趣味はないです。とにかくレスリング一筋。どんなに苦しい時でも辛いときでもレスリングのレの字、リングという言葉を聞いたらそこで目の色が変わります。元気になります。とにかくアマチュアもプロもリング一筋。レスリングが彼のすべてです。命です。リングが彼のパワースポットでした。それで斎藤家のみなさんにご了解いただき、マサ斎藤で最期まで逝かせてくださいと戒名をマサ斎藤でそのようになりました」と説明した。

 棺のマサさんは穏やかな顔で眠っていると明かし「靴下もリングシューズも履いています。今日はセミファイナル、明日がファイナル。ゴング間近だからちゃんとウォームアップして頑張ってよと話しました」と倫子さん。棺には「私たちの結婚式、まだ恋人同志の時の写真。それに赤ちゃんが体が大きくなったような天真爛漫なマサさんらしい写真。それとみなさんが書いて下さった記事を入れました。最後の記事をマサさんは読んでいませんから、これからゆっくり嬉しそうに楽しく喜んで読ませていただくと思います、何回も何回も読むと思います」と明かしていた。

 また、倫子夫人は亡くなった時を明かした。14日午前1時05分が亡くなった時刻だが、前日の夜にマサさんが入所していた埼玉県内のリハビリ施設から心臓が止まり、病院へ搬送する連絡を受けたという。「私が病院に駆け付けた時は心臓が止まっていました。だけど、私は認めたくない。最後まで奇跡を信じました。ドクターも奇跡を起こしましょうと言っていただいて、私は取り乱してしゃくり上げていたんですけど、私は嫌です、認められません。認めたらマサさんが遠くに行っちゃう気がして認められませんと。そこから3時間半、救急隊、ドクターの方が蘇生してくれて、私も、自分がやらなければいけないと鼻を5回も6回もかみましたが…。それで7月14日、午前1時05分になりました」と最後までマサさんの心臓を蘇生させようと懸命に闘ったことを明かした。最愛の妻に看取られマサさんは永遠の旅立ちを果たしていた。

 マサさんの告別式は22日に営まれる。弔辞は、現役時代に深い親交があったザ・グレート・カブキの米良明久氏(69)と米国修業時代から公私共にマサさんを慕った武藤敬司(55)が読み上げる。

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