飯伏幸太は断じて“あの男”とは違う…だからこそ口にして欲しくなかった「辞める」という言葉

スポーツ報知
8日のIWGPヘビー級選手権でCody(左)に高角度のドロップキックを見舞った飯伏幸太(カメラ・相川 和寛)

 夢中になって取材し続けているプロレスラーがいる。プ女子を夢中にする甘いルックスと抜群の運動能力で「ゴールデン☆スター」の異名を持つ飯伏幸太。

 新日本プロレスのエース・棚橋弘至(41)に「飯伏がいれば、この先ずっとプロレス界は安泰」と言わせ、現在、米WWEでスーパースターの座に上り詰めた中邑真輔(38)には「今までいなかった、ちょっと特別な存在」と言わせた今が旬の36歳だ。

 今年2月、本紙の女性向けページ「L」欄に登場してもらうため、70分間に渡って話を聞いた。そのストイックなまでのトレーニングと「プロレスをみんなに知ってもらうため」路上プロレスやバラエティー番組への出演も全く厭わない遊び心に心惹かれた。

 そんな人気者に、ちょっとがっかりさせられる一幕があった。8日の新日本プロレス両国国技館大会のメインイベントで行われたIWGPヘビー級選手権。飯伏は3WAYマッチ(3人の選手が同時に戦い、いずれか1人が勝利した時点で終了)でタッグチーム「ゴールデン☆ラヴァーズ」の盟友で王者のケニー・オメガ(34)に挑戦。34分13秒の死闘の末、惜敗した。

 “事件”が起こったのは、その日の深夜だった。飯伏は10万人以上のフォロワーを持つ自身のツイッターで突然、「今日はプロレスのキャリアを賭けました。それは自分だけ賭けるベルトがないし、リスクもないから。でも、結局勝てなかった。いや、直接負けた。約束は守らなければいけない。プロレスのキャリアを賭けるということは勝てなかったら終わり…。だから…。辞めないといけないということになります」と突然、つぶやいた。

 当然、多くのファンは驚いた。コメント欄は「飯伏さん、プロレスを広めたいと仰って下さってましたよね? まだ、夢なかばです。辞めないでください」「辞めるのは絶対におかしいです。絶対に後悔すると思います」などの悲痛な言葉で埋め尽くされた。

 DDT時代からの親友のオメガも9日、即座に反応。自身のツイッターで「もう二度と飯伏を失いはしない」とコメントした。

 飯伏の言葉を見た私も心底、驚いた。飯伏は16年2月に新日とDDTの2団体を同時退団して以来、飯伏プロレス研究所所属としてフリーランスの立場。慌ててマネージメント契約を結ぶ大手芸能プロダクションの担当者に連絡を取った。

 その答えをドキドキしながら待っていた9日に飯伏はツイッターを更新。「あぁ、なんか勘違いさせたかもしれません。色々な経験もたくさんしたし、悔しい思いなんかあり得ないくらいしましたよ。でも、すべては信用で成り立っているのです」と書き込み、オメガに対しても「ケニー!ワタシの日本語はあまり伝わらなかった。訳して下さい。よろしく~」と呼びかけた。

 軽すぎる口調で、あっけなく書き込まれた事実上の“引退”撤回と受け取れる言葉。ファンからも「飯伏さんがハッピーな気持ちでプロレスを続けられたら、どんな場所でも状況でも嬉しいんですよ」「ずっと応援しています」などの安堵(あんど)と激励のコメントが続々と書き込まれた。

 私自身、「小学校を卒業する頃には今やっている技は全部できました」と自ら言う抜群の運動能力を武器にしたトップロープから天高く飛ぶフェニックス・スプラッシュに魅せられ、キックボクシングの大会でも優勝した抜群の打撃力に何度も息を飲んできた。「プロレスの天才」としか言いようがない大きな存在だけに丸1日での引退撤回には心からホッとした。

 その反面、静かな怒りも込み上げてきた。「これじゃ、O(あえて名を秘すが、皆さん、ご存じですよね)と一緒じゃないか?」。

 そう、ジャイアント馬場さんが61歳で亡くなるまで現役だったように、プロレスラーは本人が限界を感じ、引き時を口にするまで引退を猶予される部分がある。典型的なのは、今月、7度目の現役復帰戦のリングに立つO。昨年10月に「6年ぶり7度目の引退試合」を行ったはずだが、舌の根も乾かぬうちに、もうリング復帰する。私には、その厚顔ぶりが許せない。その言葉を本当に信じ、涙したファンの思いをOは、どう思っているのだろう。私自身、90年代にプロレス担当を務めた際、その命がけの戦いぶりに心から感動させられただけに現在の“醜態”が正直、悲しい。

 日々の取材を通じて、プロレスラーたちがいかに命がけで相手の技を受け、自らの体と技を磨き、切磋琢磨(せっさたくま)しているかを知っているからこそ、やはり、その行動は許容できない。

 もちろん、飯伏とOを一緒にするのは、あらゆる点で失礼な話だろう。飯伏が日々こなすトレーニングメニューを見たサッカーの元日本代表MF岩本輝雄さん(46)は「これは、ちょっとあり得ない激しさ」と驚いた。飯伏が鍛え上げた肉体を持つトップアスリートすら驚がくさせたハードなメニューを日々、自らに課し、「プロレス界の歴史を変えたいと思っています」という強い使命感のもと、命を削るファイトを続けていることを知っているから―。

 だから、今回の飯伏の一瞬の「引退宣言」は単に魔が差しただけと、私は信じる。誰だって、とても疲れた時や大きな敗北感を味わった時、自分でも思いがけないくらい強い言葉を吐いてしまったという経験があるはずだ。少なくとも私はある。

 私が飯伏を信じる根拠はただ一つ。2月のインタビューで目を輝かせながら口にした「今、やらないといけないことが自分の中で分かってます。今年が勝負だから選んだのが、一番見ている人が多い新日。今年、行くところまで行きたいし、自分が一番、楽しみです」という言葉だ。その言葉がそのまま心に残っている限り、私は「ゴールデン☆スター」を信頼し、その戦いを心から応援する。(記者コラム・中村 健吾)

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