アントニオ猪木氏、ジャイアント馬場さんの追善興行でリングに上がらなかった理由…「2人にしか分からない世界」

2019年2月20日9時21分  スポーツ報知
  • あいさつするアントニオ猪木氏

 元プロレスラーで参議院議員のアントニオ猪木氏(76)が19日に両国国技館で行われた1999年1月31日に61歳で亡くなった不世出のプロレスラー、ジャイアント馬場さんの没後20年を偲ぶ「ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~」のオープニングに登場した。

 館内が暗転となり、馬場さんの入場曲でもあった日本テレビのスポーツ中継のテーマソングが流れる中、ビジョンに馬場さんの名勝負が流れた直後に、猪木氏のテーマソング「炎のファイター」が国技館に鳴り響いた。 満員のファンが奏でる猪木コールの中、入場した猪木氏は、リングには上がらずマイクを持って「元気ですか!元気があれば何でもできる。元気があれば送り人もできる」と絶叫した。

 満員の館内へ向け馬場さんの没後20年に触れ「20年経つと忘れられてしまうんですが、たくさんの人に駆け付けてくれてありがとうございます。ジャイアント馬場になり代わってお礼を申し上げます」と頭を下げた。

 馬場さんの思い出を「最後に来た手紙が三途の川で待っているいう。挑戦を受けるべきかどうか、逆に私が困りました」とジョークを飛ばすと笑いが起こった。リング下からのマイクに「上がったら挑戦状を受けたということなんで今日は下からで」と説明した。

 最後に「プロレスが師匠力道山から始まり、戦後の復興に元気を付けてくれたそんな思いを込めて若い選手へメッセージを込めてファンにみなさんよろしくお願いいたします。1、2、3ダァー」と右腕を突き上げると大きな猪木コールが沸き上がっていた。

 20日に76歳の誕生日を迎えた猪木氏。私は昨年10月に河出書房新社から出版された猪木氏と親交の深い直木賞作家・村松友視さんとの共著「猪木流~過激なプロレスの生命力~」の構成を担当させていただいた。同書では、ライバルと評された馬場さんの存在があったからこそ、プロレスラーとしての自分を見出すことができたことを明かしていた。

 今回のイベント前の取材でも「ライバルと言われてきましたが、周りがそうさせたんであって、5歳も年齢が違いますから、本人同士はそうじゃなかったんですよ」と打ち明け、馬場さんと自分の間でしか分からない世界があることを強調した。

 「2人にしか分からない世界」。馬場さんの追悼イベントでリングに上がらなかった猪木氏の姿を見て、馬場さんを偲ぶ燃える闘魂のこの言葉を思い出した。全日本と新日本で袂を分かってからは、激しい興行戦争を繰り返し、2人は犬猿の仲とも言われた。ただ、猪木氏はストロングスタイルと言われた独自のプロレスを築くことができたのは「馬場さんの存在がありがたかった」と明かした。

 猪木氏が馬場さんを讃えるリングに上がらなかった理由は、まさに2人にしか分からない世界観だったのだろう。平成最後の年に馬場さんと猪木氏は、再び新たな伝説を残した。

(福留 崇広)

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