聖光学院OB宇佐見優介さん、競輪学校6度目挑戦で合格

2018年3月3日10時0分  スポーツ報知
  • 競輪用の格好をして、聖光学院のユニホームと帽子を手にする宇佐見さん
  • 2011年8月の夏の甲子園に聖光学院の一員で出場した宇佐見さん

 “聖光魂”で、夢へのスタートに立った。第90回記念選抜高校野球(23日から13日間、甲子園)に出場する聖光学院(福島)のOBで、2011年夏の甲子園ベンチ入りメンバー(外野手)の宇佐見優介さん(24)がこのほど、競輪選手を養成する日本競輪学校の試験に6度目の挑戦で合格した。何度はね返されても諦めず、両親や師匠、そして斎藤智也監督(54)ら聖光野球部での教えを胸に成長。一人前の競輪選手となり、支えてくれた方々へ恩返しする。

 野球と違う道に進んでも、宇佐見さんの胸には、汗と泥にまみれた聖光学院のグラウンドで感じた思いがあった。「聖光魂とは?」の問いに、宇佐見さんは「最後まで諦めないこと。どこで力をつけるか分からないから、そのときまでコツコツやり続ける」と即答。この気持ちを忘れず努力を続けた。

 試合には出なかったが、3年夏の甲子園に出場。2回戦で敗退した。「やりきった気がした」と、野球を続けないことを決めた宇佐見さんが将来を考えたとき、中学時に見かけた光景が頭に浮かんだ。それは実家のある、いわき市内の大谷トレーニングセンター(TC)で、競輪選手を志して筋力強化に励む人たちの真剣な表情だった。競輪のことを調べ、「強くなったら、それだけ自分に返ってくるのが合っている」(宇佐見さん)と競輪選手になることを決意。現S級1班の飯野祐太(33)に師事し、いわき平競輪場や大谷TCで練習を積み、日本競輪学校合格を目指した。

 後輩が先に受かっても、宇佐見さんは「比較するのは周りではなく、自分自身」と焦りはしなかった。聖光時代にベンチの最前列で人一倍声を出し、仲間を鼓舞した強い心は折れなかった。高校卒業後は実家で暮らし、アルバイトなどで経費を捻出。小1から中3まで続け、高校は寮生活のため中断していた父・敬二さん(53)との朝練習も再開した。毎日午前4時から敬二さんの出社時間までの約3時間鍛え続け、体重は高3時から10キロ増の74キロ、太もも回りは58センチまで大きくなった。

 今年1月にHP上で合格を知り、宇佐見さんは「やっとお世話になった人に報告できる、とホッとした」。同期で、現阪神育成の歳内宏明投手(24)からは「6年間頑張ってものにしたお前が励みになった」と言われたという。「師匠と一緒にグランプリに乗りたい」と目標を口にした宇佐見さん。“聖光魂”を体現した男の強い思いは、日本一を目指す後輩たちにも響いていく。(有吉 広紀)

 ◆競輪選手になるには

 男女問わず、静岡・伊豆市の日本競輪学校で約1年間、トレーニングを積む。満17歳以上が受験でき、適性試験や自転車での1000メートル走などの技能試験を経て毎年70人程度が合格。卒業後に選手登録をしてデビューする。S級S班からA級3班までの6クラスに分かれ、選手数は男女合計で2339人(2017年末時点)。毎年12月30日には、その年のG1優勝者などが集まるKEIRINグランプリが行われ、優勝賞金は約1億円。

 ◆宇佐見 優介(うさみ・ゆうすけ)1993年9月6日、福島・いわき市生まれ。24歳。小玉小1年時に野球を始め、小川中ではいわきシニアに所属。聖光学院では2年秋からベンチ入り、3年夏は背番号18で甲子園メンバー入り。高校卒業後競輪の道を目指し、今年1月に日本競輪学校合格。171センチ、74キロ。太もも回りは58センチ。血液型A。家族は両親。

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