•  スポーツ報知のWebサイト限定コラムがスタートしました。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

学校の先生のような親しみやすさでチーム変革に乗り出す「ニュー辰徳」 

2018年11月7日12時16分  スポーツ報知
  • 宮崎秋季キャンプで選手を集めて話をする原監督
  • 秋季練習で宮国に熱血指導する原監督(左)

 もし今の職業じゃなかったら何になりたいですか?

 2014年の秋のことだった。秋季練習が行われていたジャイアンツ球場の一塁ベンチ前。私の子供のような質問に、当時も巨人の監督をしていた原辰徳は迷うことなく答えた

 「総理大臣だな」

 「ソーリってあの総理ですか?」

 「うん。汗をかいた人間がちゃんと報われる社会を作りたいんだよ」

 「本当ですか? 是非やってください」

 「でも総理になるためにはあれだろ。いろんな大臣を3期か4期歴任しなきゃならないだろ。俺にはそんな時間はないよ」

 意外と本気だったんだ…。永遠の若大将はやや戸惑った私の心などお構いなしに、さわやかに笑いながらその場を立ち去った。そして翌シーズン、リーグ4連覇を逃した責任を取って、自らユニホームを脱いだ。

 それから3年がたった。平成が終わろうとしている。8パーセントの消費税は来年秋には10パーセントになる見通しだ。アムロちゃんやタッキーが芸能界を引退した一方で、安倍晋三首相は9月に自民党総裁選で連続3選を果たし、内閣総理大臣在任歴代トップを視野に入れるような長期政権を築いた。そんな2018年の秋、60歳になったタツノリは総理大臣にはならず、ジャイアンツの監督に戻ってきた。

 原辰徳、3度目の監督就任。背番号は初心に立ち返るという意味を込めて第1次政権時代(02年、03年)の「83」を付けた。

 就任して初めての秋季練習で以前から期待をかけてきた26歳の宮國椋丞に声をかけ「ニュー椋丞になろう」とスリークオーター気味に肘を下げる新フォームを提案。自らもニュー辰徳になるんだ、とばかりに精力的に行動した。

 青空のジャイアンツ球場で若い選手を集め「君たちは未来ある選手だ。消極的な成功はいらない。攻撃的な失敗はどんどんしていこう」と約10分にわたって訓示を述べた。宮崎秋季キャンプでは選手と朝食を共にし、積極的にコミュニケーションをとっている。グラウンドでは自ら声をかけ、指導し、分け隔てなく若い選手たちと接している。

 勝利を最大の目標に掲げ、完全実力至上主義を徹底して通算12年の指揮歴で、リーグ優勝7度、日本一3度を達成した。輝かしい実績を誇る原監督は選手にとって総理大臣のような近寄りがたさがあったかもしれない。根底にある目標はゆるぎないものだろう。でも、自らが変化し歩み寄ることで、今では学校の先生のような温かさと親しみやすさを醸し出している。

 それは今のチーム状況に合わせた自然の行動であると同時に「俺も変わっていこうとしている。だからみんなも一緒に変わろうぜ」という背中で発信するメッセージに他ならない。

 変わることは勇気がいる。こだわりを捨て、過去の実績を忘れなければいけない。リスクだってある。それでも原監督は軽やかにそれをやってのける。

 「親父にはいつも挑戦者でいろって言われてきたんだよな。だからなのかな。変わるって楽しいよ。それにこっちが楽しんでやらなきゃ教えられる選手もつまんないだろう」。

 変わることは必要のないこだわりを捨てることではあるが、過去を切り捨てることではない。だから指揮官は監督就任の際の会見でこう言った。「(前任の)高橋由伸監督はとてもいい野球をやっていた」と。過去を悲観しても何もいいことはない。あの時があって今がある。そう思えれば変わることへの抵抗は自然と無くなる。そして、前を向いていける。選手にまず伝えたい大きな一つが、そのことだった。

 現在、球団史上ワーストの4季連続V逸中のジャイアンツ。オフの補強に注目が集まりがちだが、本当のチーム再建は原監督のポジティブな姿勢が一人一人の選手に浸透していくかどうかにかかっている。(記者コラム・矢口亨)

コラム
注目トピック
今日のスポーツ報知(東京版)