【有馬記念 オジュウチョウサン二刀流の夢<2>】ギャンブル「何でも強い」勝負師の長山オーナー

スポーツ報知

◆第63回有馬記念・G1(12月23日・芝2500メートル、中山競馬場)

 障害絶対王者が平地G1の有馬記念に挑む―。オジュウチョウサンの破天荒ともいえる挑戦は、オーナーの長山尚義を抜きには語れない。肝の据わった勝負師の一面を持つ男は、長嶋茂雄に憧れた“チョウサン”だった。

 日本が終戦を迎えた1945年5月25日に東京・品川で3人きょうだいの長男として生を受け、実家はくず鉄などを扱う「長山銅鉄所」やラーメン屋など、さまざまな商売を手がけた。「おーい、チョウサン! 野球に行こうぜ」と友達からあだ名で呼ばれて、白球を追いかける少年時代だった。

 法政二高に進んでからも野球を続け、2学年先輩には後の巨人V9戦士の柴田勲、1学年先輩には日本人初のメジャーリーガー・村上雅則がいた。しかし父・東浩(とうこう)が亡くなり、2年生の途中で退部して勉強に打ち込んで法大経営学部に進む。「おやじは競馬が好きで、小さい頃に大井競馬場に連れていってもらったりした」と振り返るように、もともと競馬との縁は少なからずあった。

 「最初はオートレースで博才を磨いて、マージャンでもパチンコでも何でも強い」とギャンブルの腕を誇る長山が競馬に関心を持つのに時間はかからなかった。そして、興味は血統に向く。「何か根拠、法則がないかと調べ始めたのがきっかけ。競馬オタクというか、そこから馬に入り込んだね」。社会人として耐火金庫や電話機などの営業というサラリーマン生活を送る日々で、たまたま見ていた当時の人気テレビ番組「11PM」が“馬主”を意識するきっかけになった。ブラウン管に映る司会の大橋巨泉の言葉に引き込まれていった。=敬称略=(取材、構成・坂本 達洋)

<ピークに近い状態!>

 ○…17日は美浦トレセンが全休日のため、厩舎で英気を養ったオジュウチョウサンは馬房でも元気いっぱい。長沼厩務員は「前々走は暑さもあって70点。前走は80点だったけど、今回はピークに近いくらいにきている、と思う。16年の中山大障害がこの馬の一番の仕上げで、あのときは触るのが怖かったくらい」と振り返った。状態面は確実に上昇しており、「相手はすごいメンバーだが、東京と違って、上がりの速い競馬にはならないし、右回りも関係ない。ジョッキーにも2度乗ってもらっているし、見せ場以上を期待しています」と力が入っていた。

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