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天皇杯4強入り山形の「陰の功労者」松岡と山田がイレブンに伝えたものとは

2018年12月17日18時29分  スポーツ報知
  • DF山田拓巳主将
  • MF松岡亮輔
  • FW阪野豊史

 12月5日、天皇杯史上初の“みちのくダービー”は、J2モンテディオ山形が2―3でJ1仙台に惜敗、準決勝で姿を消した。チームを4強まで導いた功労者として名前が挙がるのは、3試合4得点のFW阪野豊史(28)。それでも私はDF山田拓巳主将(29)とMF松岡亮輔(34)を推したい。

 今季最後の公式戦を終え、ミックスゾーンに現れた山田は「まっちゃん(松岡)を決勝に連れて行って、いい形で送り出したかった。決勝の舞台で(松岡の)出番があったかもしれないのに…」。今季で契約満了の松岡を思い、大粒の涙を流した。主将の男泣きにメモを取る私も、思わずもらい泣きした。前回、山形が決勝進出を果たした2014年の天皇杯で決勝(G大阪1●3)のピッチに立ち、今も残る選手は山田と松岡のみ。この試合にかける思いは、誰よりも熱かったはずだ。

 今年1月14日、シーズン最初のクラブ行事(キックオフイベント)が行われた。最後のあいさつに登壇した松岡は「(毎年)選手は入れ替わるが、山形でサッカーをした証、魂は残り続ける」と語りかけ、多くのサポーターが感銘を受けた。その熱意は一記者の私の心にも響き、“まっちゃんがここでプレーした証”を1行でも多く、記事に残そうと決意した。松岡は3月31日のホーム・山口戦で、Jリーグ通算200試合出場を達成したが、今季はリーグ戦3試合、天皇杯2試合と出場機会が限られていた。それでも34歳のベテランは腐らず全力で練習に励み、大阪北部地震の募金活動や小学校訪問に参加。ピッチ外でクラブに貢献した。

 チームが天皇杯準決勝に駒を進めた時、松岡は4年前の天皇杯について「自分は準々決勝から出場した。それまで控えの選手たちが出て戦い、チーム全員で決勝まで勝ち上がった」と振り返った。4年前とは逆に、今季は控えメンバーに回ったが、まっちゃんのチームを思う気持ちは、みんなに伝わっていたと思う。ダービー前日の最終調整終了後。円陣を作ったイレブンを、松岡は力強く鼓舞した。DF三鬼海(25)は「今季で契約を満了する松岡さんのためにも、絶対に勝ちたいと思った」献身的な姿勢が、イレブンの闘志に火を付けた。

 リーグ戦ではJ2で22チーム中12位に終わった山形。天皇杯で“想定外”の快進撃は、山田のPKから始まったと思っている。6月6日の2回戦・岐阜戦は2―2と両者譲らず、PK戦に突入。両軍4人が蹴り終え、3―2と成功すれば勝利が決まる中、山田がゴール前に立った。背番号6にとってPK戦は、苦い記憶があった。2013年の2回戦・富山戦。7―7と決めれば3回戦進出が決まる場面で、山田はシュートを外していた。「(PK戦で)一皮むけたい気持ちがあった」。5年後、再び巡ってきた場面。ゆっくりと助走をつけた山田はゴール左隅に決勝弾を突き刺し、山形快進撃の幕を開けた。

 その後も山田は4回戦、準々決勝、準決勝に出場し、豊富な運動量でチームを支えた。決戦を終え「みんな文句を言わずついてきてくれた。この悔しさを来年につなげたい」と悔し涙を流した。今季の戦いは幕を閉じたが、彼らが残した熱量は山形にとって大きな遺産になるだろう。たくさんの経験を得たチームは来季、どんなサッカーを見せてくれるか。記者として、ファンとして見守りたい。(海老田 悦秀)

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