最強ヴェルディの名GK藤川孝幸さん死去…盟友・都並氏「後輩だけど親友。本当に悲しい」

2018年11月21日6時5分  スポーツ報知
  • 93年、横浜Fとの試合でPKをセーブし劇的勝利に喜ぶV川崎・GK藤川(左から2人目=左は柱谷、右は武田、〈11〉は三浦)

 ヴェルディ川崎(現J2東京V)でGKとして活躍し、末期の胃がん闘病中だった藤川孝幸さんが15日に死去していたことが20日、明らかになった。56歳だった。今年4月に自身が代表取締役社長を務める社会人チーム「北海道十勝スカイアース」の新体制発表会見で胃がんを患っていることを公表していた。葬儀はすでに近親者のみで執り行い、後日「お別れの会」を開く予定となっている。

 藤川さんが代表取締役を務める「北海道十勝スカイアース」は、今月15日に亡くなったと発表した。遺族の意向で詳細は明かさない方針。クラブが拠点を置く帯広市を最後に訪れたのは9月で、以降は都内の病院で治療を行っていたと見られる。

 今年4月には同クラブの新体制発表で胃がんを患っていることを公表。昨年12月に背中に激痛を覚え、都内の病院で診察。余命3か月から半年の胃がんと診断され、「ステージ4以上の末期だった」と打ち明けていた。すぐに抗がん剤治療を始め、一時はがん細胞が半分に減ったという。

 5月26日には元代表MFラモス瑠偉氏(61)が発起人となって、東京V対愛媛戦の前に激励マッチを開催。当時のチームメートが集まった試合には本人も姿を見せるなど、奇跡の回復を信じて闘病を続けていた。

 亡くなる3日前の今月12日には、読売クラブから共にプレーした元日本代表DF都並敏史氏(57)ら関係者が病室に駆けつけた。都並氏は「病院で会ったのが最後。(亡くなった翌日の)16日朝にも自宅で本人には思いを伝えてきました。(1歳下の)後輩ですけど、親友とも言える仲だった。本当に悲しいです」と故人をしのんだ。

 藤川さんは1980年に読売クラブ(現東京V)に入団。主に第2GKとして、93、94年のJリーグ連覇を支えた。PK戦にめっぽう強いことで知られ、明るいキャラクターでバラエティー番組などにも出演した。現役引退後はV川崎や神戸、仙台などでGKコーチを歴任。17年からJリーグ参入を目指すスカイアースの代表取締役に就任していた。

 後日お別れの会開催 スカイアースは、今後お別れの会(日時未定)を開催する予定だ。

 ◆藤川 孝幸(ふじかわ・たかゆき)1962年10月10日、神奈川県生まれ。56歳。80年から読売クラブに所属し、主に第2GKとして黄金期を支えた。V川崎時代にJリーグ、天皇杯優勝などJ通算26試合出場。95年に引退し、翌年から指導者に転身。V川崎、神戸、仙台、C大阪、福岡でGKコーチ。甲南大、静岡FC、国際武道大では監督。2017年から社会人クラブチーム「北海道十勝スカイアース」の代表取締役社長。184センチ。

 ラモス瑠偉氏(読売クラブ時代から共にプレー)「来日して間もない頃、日本の生活に不自由している時に一緒に移動してくれたり、つらいときにそばにいてくれた。努力家で負けず嫌いですごく温かった。弟みたいな存在だと思っていた。ここまでよく頑張った。天国のチームがGKが必要だったんだと思う。神様が必要としていたんじゃないかな」

 ◆V川崎の黄金期 Jリーグが発足した1993年は、リーグ戦計36試合中28勝(当時は引き分けなし)と圧倒的な強さを誇り、初代王者に輝いた。年間最優秀選手にはFW三浦知良が選ばれた。翌年に2連覇達成。Jリーグ杯では92~94年の3連覇を成し遂げた。

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