【岩本輝雄のDirecto】勝つことも大事だけど、それ以上に大事なのは点を取ること…「お父さん」ニカノール氏に教えられたこと

スポーツ報知
とにかく点を取ることを目標に超攻撃的サッカーを展開したベルマーレ平塚時代のニカノール氏

 元日本代表MF岩本輝雄さん(46)が30日、ベルマーレ平塚(当時)時代に自身の才能を見い出し、代表にまで育て上げてくれた恩師で28日に死去したブラジル人のニカノール・デ・カルバーリョ氏(享年71)を悼んだ。「湘南の暴れん坊」ベルマーレの礎をつくり、柏、東京Vの監督も務めたニカノール氏について、岩本さんは「勝つことも大事だけど、それ以上に大切なのは点を取ることと教えてくれた」と振り返った。(構成・中村 健吾)

 

 ニカノールと初めて会ったのは、1991年の7月。(ベルマーレの前身)フジタに入ったばかりの頃だった。横浜商大高でMFだった私をニカノールは、すぐに左サイドバックにコンバートした。

 当時、左利きが少なかったし、中盤では相手のマークもキツいけど、左サイドなら前を向いてプレーできる。持っている攻撃力を最大限に生かせて、自分も生きるし、チームも生きる。まだ、19歳だったし、ニカノールの教えは全てが新しいことだらけで刺激的。チームメイトには名良橋晃、名塚善寛、野口幸司たちがいて、とにかく毎日が楽しくて、しようがなかった。

 指揮官としてのニカノールは勝つことも大事だけど、それ以上にゴールを奪うことを常に目指していた。ベルマーレの攻撃サッカーが「湘南の暴れん坊」としてJリーグを席捲していた95年のシーズン。鹿島に7―0で勝った後の横浜F(当時)戦だった。5―1で勝っていたから、サイドバックの私もバランスを取って動きを止めていた。チームも「(前に)行くな」という感じだったけど、ベンチでニカノールだけが烈火の如く怒っていた。

 「テル、おまえ、寝ているんじぇねえよ!」って。こっちは「えっ、俺、(守備をしないで)そこまで上がっちゃっていいの?」と思ったけど、ニカノールは本気で怒っていて、試合後もすごく怒られた。「おまえの良さは攻撃なんだ。守備じゃないんだ。行け!」って。あの試合、私はサイドバックながら、10本くらいシュートを打っていると思う。

 常にそんな感じで試合中や練習ではすごく厳しかったけど、その後は優しかった。出会ってから全てに関して「お父さん」という感じ。柏の監督になった後も電話があったり、試合で会った時に話したりした。

 ニカノールはベルマーレで私と名良橋の両サイドバックが攻め上がるアタッキングサッカーを作り上げた。日本で初めて攻撃サッカーを根付かせた多大な貢献をした人だと思う。

 私が日本代表に入り、今もサッカーに携わっていられるのも、ニカノールのおかげ。それくらい大きな存在で一番。ニカノールを思う時、人との出会いは大事だなと心底、思う。今はとにかく、ゆっくりして欲しい。それだけです。(Directo・ディレクト=スペイン語で「直接、まっすぐに」の意味)

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