【横浜M】中沢が引退!40歳、膝の痛み限界 近日中に発表 

2019年1月8日3時0分  スポーツ報知
  • 引退を決めた横浜M・中沢。連続出場記録を持つ鉄人がついにピッチを去ることになった
  • 今季、代名詞「ボンバーヘッド」でクリアする中沢

 横浜Mの元日本代表DF中沢佑二(40)が現役を引退する意思を固めたことが7日、分かった。関係者によると、クラブは契約延長オファーを提示したが、慢性的な膝の痛みで満足なプレーができないことで決断に至った。練習参加生から1999年にV川崎(現・東京V)入り。2002年、横浜Mに加入し03、04年のリーグ連覇に貢献するなどクラブの顔として活躍。日本代表でも06、10年にW杯2大会連続出場。「ボンバー」の愛称で親しまれた守備の要がプロ生活20年、不惑の節目にピッチを去る。

 * * *

不惑のボンバーがユニホームを脱ぐ決意を固めた。関係者によると、中沢はクラブから延長オファーを受けたが、膝の痛みで納得のいくプレーができないこともあり、昨年末までに現役を退くことを決断。近日中にクラブから正式発表される。

 高校時代はプロになる目標が周囲に笑われるような無名選手。98年にV川崎に練習生として参加し、翌99年にプロ契約を結んだ。アフロヘアで爆発したような髪形から“ボンバー”の愛称が定着。187センチの長身と高い身体能力で空中戦に無類の強さを発揮した。日本代表として06年ドイツ大会と10年南ア大会にW杯連続出場。DF闘莉王(37)=京都=とのCBコンビは史上最強との呼び声も高い。DF登録では歴代最多となる代表通算17得点をマークした。

 昨季は膝の慢性的な痛みに苦しみ、昨年8月19日の鹿島戦でメンバー外になり、フィールドプレーヤー歴代最多連続出場(199試合)とフルタイム出場(178試合)の記録が途切れた。同9月に左膝を手術したが回復は思わしくなく「ジャンプもできない」と嘆いた。それでも「誰よりも頑張る上司がいれば、部下も頑張る」と残留を争う中でチームを鼓舞。12月1日の最終節・C大阪戦では約3か月半ぶりに実戦復帰。ホーム・日産スタジアムの大歓声を浴び、キャプテンマークを巻いて立った8分間が、現役ラストゲームとなった。

 J1通算593試合出場は歴代3位。昨季限りで現役引退したGK川口能活(43)、MF小笠原満男(39)に続きまた一人、日本サッカーのレジェンドがピッチを去る。

 ◆中沢 佑二(なかざわ・ゆうじ)1978年2月25日、埼玉県吉川町(現・吉川市)生まれ。40歳。埼玉・三郷工技術高卒業後の96年にブラジルにサッカー留学。98年に帰国し、V川崎に練習生として参加。99年にプロ契約を結び、同年に新人王獲得。2000年シドニー五輪出場。02年に横浜M加入。04年にリーグMVP。ベストイレブン6回。06年ドイツW杯、10年南アW杯出場。J1通算593試合36得点。国際Aマッチ110試合出場は歴代6位タイ。187センチ、78キロ。

 ◆中沢佑二の歩み

 ▼1978年2月25日 埼玉県吉川市で生まれる。小学6年でサッカーを始める。

 ▼96年 ブラジルへ留学。FCアメリカと契約。

 ▼99年 V川崎とプロ契約。3月13日C大阪戦でJリーグデビューし、4月10日の名古屋戦でJリーグ初ゴール。日本代表にも初選出され、9月8日のイランとの親善試合で初出場。

 ▼2000年 シドニー五輪に出場し、8強入り。アジア杯予選のシンガポール戦で代表初得点。

 ▼02年 横浜Mに移籍。

 ▼03、04年 チーム初の2連覇。04年に日本人DF初のJリーグMVPを受賞。

 ▼06年 ドイツW杯の1次リーグ全3試合フル出場も決勝T進出ならず。

 ▼10年 南アフリカW杯に4試合連続先発出場。ベスト16入りに貢献。

 ▼14年 天皇杯決勝で後半21分に追加点を挙げ優勝に貢献。GK以外ではJ1最年長となる36歳での全試合フル出場。

 ▼15年 J1で100試合連続出場、J通算500試合出場、2年連続全試合フル出場達成。

 ▼16年 史上4人目となる100試合連続フルタイム出場。3年連続の全試合フル出場も達成。

 ▼17年 J通算550試合出場達成。4年連続の全試合フル出場。

 ▼18年 J1第23節の鹿島戦でベンチ外。フィールドプレーヤーでは史上最長の199戦連続出場&178戦連続フル出場でストップした。

国内サッカー
注目トピック
報知ブログ(最新更新分)一覧へ