ハンドボール宮崎大輔「変わりますよ、僕」悲願の五輪出場へ大改革

スポーツ報知
宮崎大輔

 ハンドボールはよく知らないけど、宮崎大輔なら知っている―。という人も少なくないだろう。テレビ番組「スポーツマンNO.1決定戦」を制した身体能力。端正な顔つき。20代の頃には写真集を出した。そんな37歳の大ベテランの2019年のテーマはズバリ「変化」。足かけ17年の悲願の五輪出場へ、大改革を思い切った。

 「変わりますよ、僕」と決め顔をつくった。174センチ、77キロの筋骨隆々ボディーをスリム化する。ダグル・シグルドソン監督の下、センターからサイドにポジションを変更。体づくりも変わってくる。「センターと比べると相手とぶつかることも少ない。サイドなので走れるように、5キロから7キロ体重を落としたい」と明かした。

 初めて五輪を目指したのが2004年のアテネ大会だった。08年北京大会、12年ロンドン大会、16年リオデジャネイロ大会と、4度挑戦したものの出場はかなわなかった。男子ハンドボールは開催国枠で東京五輪出場が決まっている。88年ソウル大会以来32年ぶりの五輪の舞台に立つチャンスが巡ってきた。

 「今のままでは僕は残れない。危機感はかなり持っている。『宮崎大輔がコートに立っていた方がいい』というパフォーマンスをしなきゃいけない。だから変化しないと」。17年夏に約2年ぶりに代表復帰した。8年ぶりに出場した1月の世界選手権で、途中交代を命じられる場面があった。「見ているのは勉強にもなるけど、すごく悔しい思いもした」

 昨年12月中旬から約1か月にわたった欧州遠征は無休で動いた。大みそかも正月も走りに走って速攻練習。疲労が抜けない年齢だが「気合っすよ。気合で今までやってきましたから。疲れた~とか、そんなん気合っすよ」。代表生き残りへ、ハンドボール人生のすべてをかける。

 ◆高木 恵(たかぎ・めぐみ)北海道・士別市出身。1998年報知新聞社入社。整理部、ゴルフ担当を経て、2015年から五輪競技を担当。16年リオ五輪、18年平昌五輪を取材。

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