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拳四朗、他の王者と異なる不思議な“やる気スイッチ” 記者も「ひでぶ!」と叫びそう…

2018年10月11日16時0分  スポーツ報知
  • 4度目の防衛に成功した拳四朗(10月7日・横浜アリーナで)

 ゾーンに入る瞬間、いわゆる“やる気スイッチ”のタイミングは人それぞれのようだ。7日のプロボクシング世界戦。WBA世界バンタム級王者・井上尚弥(25)=大橋=が70秒の衝撃KO勝ちを見せた。直前のセミファイナル。WBC世界ライトフライ級王者・拳四朗(26)=BMB=が、日本人現役世界王者最多となる4度目の防衛に成功した。「求めているボクシングには近づいている」。強敵を次々と倒し、徐々に評価も上がってきた。

 井上担当だった私は、拳四朗戦の前に関係者用トイレへ。用を足している最中だった。「YouはShock!!」。名前の由来となった漫画「北斗の拳」のアニメ主題歌が爆音で流れ始めた。慌ててトイレから通路に出ると、ちょうど目の前で拳四朗が陣営を引き連れて入場中。王者と目が合い、とっさに会釈をしてしまった。

 今から殴り合い、命がけで戦うボクサーが、集中力を高める大事な時間。余計なことをしてしまった…と反省する間もなく、意外な反応が目に飛び込んだ。「あっ、どうも~」。拳四朗もぺこりと会釈。準備運動で汗をかいているものの、まるで登山客があいさつを交わすかのような朗らかな雰囲気。本当にリングに上がるのか。そう思わせる不思議な瞬間だった。

 つかみどころがない。フワフワとした口調そのままの性格。空腹から逃れたい過酷な減量中でも「グルメ情報を見て気を紛らわせる」と普通と真逆の行動をとる。試合前日にも映画館に行き、買い物で気分転換。何度取材しても、考えていることが読みづらい。ボクサーに似つかわしくないキャラクターは玄人ファンに賛否があるようだが、童顔と筋肉美のギャップは新宿2丁目を“熱く”させているそうだ。

 試合は、元IBF王者ミラン・メリンド(30)=フィリピン=に7回TKO勝ち。足を使ってうまく距離を保ち、得意のジャブで相手をコントロール。チャンスと見るやコンビネーションを打ち込んだ。カットした相手の顔面から激しく血が吹き出す。返り血で色白の肌が赤く染まる姿は、まさしくボクサーだ。昨年5月に八重樫東(大橋)を倒し、年末には田口良一(ワタナベ)に判定負けしながらも12回の激闘を繰り広げたメリンドに何もさせなかった。

 元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏(36)にスイッチの瞬間を聞いたことがある。「妻から見たらリング上では別人に見えると思う。試合数日前に家族と別れてホテル生活を始めたら、徐々に家族って感じではなくなりますね。試合モードに入って、当日の控室に入れば一気にガーって入って、入場の時はもう完全にボクサー。『ボクサー・山中慎介』として、もうパパというのは一切ないです。入場の数分前に一気にグッと入ってきて、その瞬間がすごい心地良いですね。あの、なんとも言えない高ぶる気持ちがたまらない」。この時間が日本歴代2位の世界戦12戦連続防衛を支えたのだろう。

 井上も5月のバンタム級挑戦、今回の初防衛戦ともに、控室から陣営のスタッフを外に出して集中モードに入った。7月に敵地・米国でWBO世界スーパーフェザー級王座を奪取した伊藤雅雪(27)=伴流=は「不安もたくさんあって試合前に一人で泣いていた」と明かす。何日も前から少しずつ気持ちを練り上げ、絶対に勝つんだという「断固たる決意」を作っていった。

 神の左・山中氏が「たまらない」と感じ、モンスター・井上が集中力を高め、大金星を挙げた伊藤が決意を固める大切な時間が、拳四朗には存在しない。じゃあ、どこでスイッチが入るのか。試合から一夜明け、核心を知りたがる記者たちは本人を問い詰めた。

 「ゴングが鳴ってからですかね」

 遅い気がする。意外なカウンターパンチに秘孔を突かれた。こちらが「ひでぶ!!」と断末魔をあげそうだ。

(記者コラム・浜田 洋平)

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