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山中竜也、突然の引退も人生は続く。思い出した田中聖二チャンプのこと

2018年10月17日16時0分  スポーツ報知
  • 引退式で号泣した前WBO世界ミニマム級王者の山中竜也(13日・神戸サンボーホール)

 さる13日、神戸市内でプロボクシング前WBO世界ミニマム級王者・山中竜也(23)=真正=の引退式を取材した。7月に同市内で行われた2度目の防衛戦で、ビック・サルダール(フィリピン)に判定負けし王座陥落。その直後、頭蓋内から出血する硬膜下血腫の症状がみつかり、日本ボクシングコミッションの規定でライセンス失効となった。

 スーツ姿の前王者はリング上でマイクを持つと感極まって号泣したが、前向きに第2の人生を歩むことをファンに誓った。私は、硬膜下出血から一命を取り留めた山中の元気な姿を見て、2001年に取材を通じて知り合った元日本スーパーフライ級王者・田中聖二のことを思い出した。

 田中は大阪・金沢ジム所属だったサウスポー。同ジム先輩で当時WBC世界同級王者だった徳山昌守のスパーリング相手を務めるうちに、めきめき力をつけた。最初は徳山取材だけが目的だった私も、田中の成長に興味を持ち、よく話し込んだ。「世界王者と練習できる僕は幸せ。まだまだ強くなります」。オフに一緒に鍋をつついた際、おいしそうに人一倍食べる姿を見て、試合期の減量との戦いを思い知らされた。田中は04年11月に日本王座初奪取。当時ボクシング担当を外れていた私は、祝福の電話をかけようとしたが「目標は世界王座のはず」と結局、かけなかった。あの時にかけておけばよかった、と今でも後悔している。二度と祝福する機会は来なかった。

 田中は05年4月、初防衛戦で名城信男(六島)に10回TKO負けした直後、控え室で意識を失い、硬膜下血腫で12日後に帰らぬ人となった。享年28。1月に結婚したばかりだった。葬儀で誰よりも落ち込んでいた名城は、田中の亡きがらに誓った通り、翌06年に世界王者となり、ベルトを持参して墓前へ報告に行った。田中は故郷・鳥取に眠る。元気だったなら今ごろ、どこかのジムで指導者になっていただろうか。

 山中竜也が引退を余儀なくされた今夏、6人きょうだいを女手ひとつで育ててきた母・理恵さん(47)は「生きてくれているだけでいい」と言った。試合直後の病院で頭蓋内から出血が止まらなかった時、病院関係者から「どうなるか分からないから、親族を呼んで下さい」と言われてショックを受けた母親からしてみれば、当然の言葉だろう。

 引退式の後、山中は「次の目標が全然、見つからない。また戦いたくなるから、まずはボクシングに関係ない仕事を探します」と笑った。減量から解放された23歳は丸々と太り「スイーツ、食べまくってますよ。彼女もほしいなあ」。ストイックに過ごしてきたボクサー人生のリバウンドを楽しんでいるかのようだ。それもまた良し。現役時代に言い続けた「苦労をかけた母に家を買ってあげたい」という夢は、第2の人生でかなえればいい。(敬称略、記者コラム・田村 龍一)

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