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レスリング前世界王者・文田健一郎の復活を支える「家族愛」

2018年11月13日16時0分  スポーツ報知
  • 2016年の全日本選手権で初優勝した文田(左)を父・敏郎さんが祝福

 想定外だった社会人1年目。それでも、久しぶりに会ったその顔は、変わらず2020年だけを見つめていた。

 11月12日、ルーマニア・ブカレストでレスリングの23歳以下(U―23)世界選手権が開幕。昨年の世界選手権(パリ)男子グレコローマン59キロ級王者の文田健一郎(22)=ミキハウス=が新階級の60キロ級で、社会人になって初となる国際試合に挑む。

 今春、日体大を卒業しミキハウス所属のレスラーとなった。直後の5月、練習中に左膝の靱帯(じんたい)を負傷。3連覇のかかっていた、半月後の全日本選抜選手権を欠場、世界選手権連覇も消えた。

 「今まで以上にたくさんの人が応援してくれていたのに、本当につらかった」。悔しさと申し訳なさで自室に閉じこもる息子に何度も電話をかけたのは故郷の山梨に住む父・敏郎さん(韮崎工高レスリング部監督)。「今で良かった」。2020年東京五輪の代表選考レースが本格化する今年12月の全日本選手権には間に合うことを、前向きな言葉で伝えた。「最初は『いいわけないだろ』って感じでした」と文田は笑って振り返る。それでも、父の熱い思いはしっかりと伝わった。1週間後にはリハビリを開始。5か月の厳しいトレーニングを経て、復帰戦のマットに上がる。

 16年12月、リオ五輪銀メダリストの太田忍(24)=ALSOK=を破り59キロ級で全日本選手権初優勝。試合後の会見には敏郎さんも飛び入りで参加し、たくさんのカメラに囲まれる中、親子で喜びを語った。高校教諭である父は、昨年の世界選手権にも自費で乗り込み、息子の世界一を見届けた。社会人になった息子に対しては「もうあれこれ言うことはないけどね」と敏郎さん。これまでに、12年ロンドン五輪男子フリースタイル66キロ級金メダリストの米満達弘氏(32)や息子・健一郎を鍛えあげた韮崎工レスリング部のマットで、後輩の育成に汗を流している。

 文田は、敏郎さんについて「ま、親ばかなんですよね」と言いながらも、家族の話題になると、決まってその端正な顔を緩ませ「(家族は)ありがたい存在です」と明かす。この夏、リハビリの合間には愛用のミラーレス一眼レフカメラを手に、妹の住む沖縄を訪問。大好きな猫だけでなく、南の島の風景や家族との再会に癒やされ「いい旅でした」。心身共に充実させ、秋を迎えた。

 今回出場するU―23世界選手権では、もちろん優勝を狙う。その勢いに乗って、12月の全日本選手権では昨年決勝で敗れた太田にリベンジし、代表争いで先行する考えだ。「太田さんを倒さなければ、(東京)五輪に出ることもできない」。日体大で2学年上の太田とは同じマットで何度も組み合った間柄。手の内を知り尽くした相手と、代表切符を争うことになる。

 5か月の離脱で「感覚に不安はある」と話すが、得意の反り投げで持ち込む攻め方の手数を増やした。

 自炊の増えた食生活では蒸し料理が最近の得意技。電子レンジを活用し「油を使わないなど、いろいろ工夫します」。競技以外でも成長を続けている。

 昨年の世界選手権優勝については「(東京)五輪で優勝するための『通過点』です」。文田は「やっぱり、オリンピックのメダルが欲しい」と表情を引き締める。

 一家の悲願でもある、五輪金メダル。「誰が見てもわかるような、大技を決めて圧倒的に勝ちたい」。今年の全日本では父親仕込みの大技で再び頂点に立ち、また「親子会見」を見せてほしい。

(記者コラム・大津 紀子)

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