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レジェンドからの一人立ち。小林陵侑が印象付けたジャンプ新時代

2018年12月11日16時10分  スポーツ報知
  • すでにW杯3勝を積み上げ、飛躍のシーズンを迎えている小林陵侑(カメラ・宮崎 亮太)
  • W杯前の国内最終戦・UHB杯でも圧勝していた小林陵侑

 長年、日本ジャンプ界が待ち望んでいた、若きエースの躍進が目覚ましい。「Unbeatable」(無敵)。国際スキー連盟の公式サイトで、小林陵侑(22)=土屋ホーム=は、こう形容された。11月18日に行われた今季のW杯開幕戦・ビスワ大会(ポーランド)個人第1戦で3位に入ると、翌19日の第2戦で初優勝を達成。勢いは止まらず、ルカ大会(フィンランド)第3戦では2位に30点差以上をつけ圧勝と、日本人としては11~12年の伊東大貴(32)=雪印メグミルク=以来、7季ぶりとなる連勝を飾った。

 その後も好調を維持し、全5試合で表彰台をキープ。すでに3勝を積み上げ、個人総合でも独走態勢を築き始めている。18年冬季平昌五輪のノーマルヒル金メダリストのアンドレアス・ウェリンガー(23、ドイツ)、同ラージヒル金のカミル・ストッフ(31、ポーランド)をも凌駕(りょうが)する、圧倒的な強さ。兄の潤志郎(27)=雪印メグミルク=も「今季は“陵侑の年”になる」と、恐ろしげに言うほどだ。

 11月上旬。札幌で好調の要因を尋ねると、「話すと、みんな強くなっちゃうので」と笑い、多くを語らなかった。ただ、助走から飛び出しにかけて、確かな手応えがあるという事を明かしてくれた。98年冬季長野五輪団体金メダリストの岡部孝信氏(48)=スポーツ報知評論家=は、W杯開幕前に「踏み切りの動作スピードが速くなっている。(故障がちの膝を)うまくケアしながら戦えば、複数回の優勝も期待できる」と断言していた。初の五輪でつかんだ自信、もっと上を狙える希望、そして悔しさも胸に秘め取り組んだ夏のトレーニングを経て、確かなステップを踏んだ。

 その裏には、忘れてはならない、大きな存在がある。所属先の土屋ホームで監督を兼任する葛西紀明(46)だ。昨季までに冬季五輪8回、W杯543試合と、ともに歴代世界最多出場のギネス記録を更新。社会人4年目の陵侑は、まさに生ける伝説を、誰よりも間近で見続けてきた。毎年、夏場の宮古島合宿では、過酷な4部練習を積み、W杯開幕直前は共に欧州へ遠征し合宿。私生活から、競技に対する姿勢まで、直接見て聞いて、肌で感じ、血肉としてきた。

 11月に行われたW杯前最後の国内戦(UHB杯)を20位で終えた葛西は、まな弟子に言った。「俺は元気がないから、頼んだぞ」。笑ってうなずいた陵侑には、確信があったのかもしれない。助走で視線の角度を1度変えただけでも、またスキー板の長さを数センチ変えただけでも、勝敗が左右される繊細なジャンプ競技。「五輪を経験し、今季は自信がある」と言うように、葛西のもとで積み重ねた技術の試行錯誤に加え、平昌五輪で日本勢最高位に入った自信も、陵侑を高みへと押し上げている。

 頭の両サイドを刈り込む奇抜なヘアスタイルが似合い、遠征先ではカナダの人気歌手ジャスティン・ビーバー(24)の曲をアコースティックギターで弾き語る。ティアドロップのサングラスをかけて表彰式に向かう姿には、早くも大物感すら漂う。ドローンの空撮映像を活用し、フォームを解析することも。まるで葛西のような美しい空中姿勢を兼備しながら、中身は生粋の現代っ子だ。

 初優勝したビスワの地で、葛西は自分のことのように喜び、陵侑のもとへ駆け寄った。それは、ルカでも、ニジニタギル(ロシア)でも続いた。今までにない、全く新しい光景だ。

 自覚に満ちた陵侑の言葉が胸をすく。「自分が引っ張っていきたい。総合優勝は夢。シーズン10勝を狙いたい」。日本ジャンプ界に、猛烈な、新しい風を吹き込んでいる。レジェンドの系譜を継ぐ男として―。 (記者コラム・宮崎 亮太)

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