【東京五輪まで2年】池江璃花子、鳥肌立つゾーンの瞬間「魚はこんな感じなんですかね?」

スポーツ報知
高校の体育館で、制服に身を包み笑顔を見せる池江璃花子。スイムスーツ姿とは違った可憐な姿に、撮影しながら胸が高鳴った(カメラ・酒井 悠一)

 東京五輪開幕まで、あと2年。折り返しとなる節目に、競泳でメダル獲得が期待される池江璃花子(18)=ルネサンス=が、スポーツ報知にリオ五輪から2年間の気持ちを語った。一時の停滞を脱し、今季は日本新記録を連発、名実ともに日本水泳界のエースになろうとしている。「今が一番楽しい」という18歳が明かす表彰台への距離、不振の時期に抱えていた葛藤…。2度目の五輪に臨もうとしている天才スイマーの心のうちに迫った。(取材、構成・太田倫、高木恵)

 池江璃花子は水に愛されている、と思う。

 この2018年、わずか半年余りで長短水路合わせて15の日本新記録を出した。競泳が水の抵抗をいかに克服するか、というスポーツであるなら、今の彼女には、水そのものが味方となり、友達となっている。

 「練習も試合も、たぶん今までで一番というくらい楽しい。今までは試合が大好きで、練習は普通、という感じでした。何でこんなに楽しいんだろう、とずっと考えているんですけど…考えても答えが出ない」

 本人に採点してもらった、自身への通知表の中で、最高は「集中力」の4・9。充実の時を過ごしている。

 「練習でも、最初から最後まで心が折れない。試合になると気持ちも一気に切り替わる。本当に大事なとき―日本選手権の決勝とかで、自分のしたいレースを考えて、実際に試合中にできる。それもある意味、集中力の一つと思います。結果を出すための練習は当たり前だと思っているので、苦に感じない」

 4月の日本選手権は圧巻だった。得意の100メートルバタフライをはじめ、4種目で、合計6度の日本新をたたき出した。うれし涙をあふれさせながら、頭の片隅では冷静に先を見ていた。

 「絶対出るだろうというタイムはしっかり出せた。すごくいい形で練習できて、思った通りの試合ができた。でも、そんなに(周りが言うような)『すごい』という感じはなかった。タイムは速いとは思うけど、まだいける、という感じの方が強かった」

 楽しい理由に「答えが出ない」のは、それだけ脇目もふらず、全身全霊で水泳に打ち込んでいる証拠だろう。ただ、昨年は順風満帆に見えるキャリアに、わずかに影が差した時期でもあった。この年の日本選手権。2日目の200メートル自由形のレース前、ふと涙が止まらなくなった。

 「初めての経験でした。練習できていなかったので、体力が落ちていることも分かっていた。不安もあって、気持ちが落ちそうになって。そこまで苦しくなることはなかったので、きつかったですね」

 当時の池江は肩や足首の不調も抱えてはいたが、それ以上に、メンタルの波が底を打っていた。泳ぎながら「何でこんなに頑張れないんだろう」と、自問自答し続けた。日本選手権ではそれでも5冠を達成したが、苦悩は深まった。

 「『やらないと』という意識はあるけど、嫌だという気持ちがそれを覆いかぶしていた。練習をちゃんと頑張れなかったり、泳ぎ始めて気持ちが途中で折れたり、というのをずっと繰り返して、試合に突入した感じでした。直接苦しい気持ちを誰かに言ったら、その人を不快にさせちゃうという思いもあって、他の人にあまり言えなかった。(親友の今井)月(るな)とかにも、1回本当にきつくなったときに電話して伝えたけど、そこから頑張ろうとはならなかった…きつすぎて」

 原因は16年のリオ五輪にさかのぼる。7種目12レースを泳ぎ切った初の大舞台。その反動が知らず知らずのうちに、心に空白をつくっていたのだ。

 「一瞬、燃え尽きたんだと思います。自分としては、(17年7月の)世界水泳でメダルを取りたいと思っていたから、はじめは燃え尽きたと思っていなかった。でも、練習とかを振り返ると、そういう時期もあっておかしくなかったんだと」

 世界水泳ではメダルなしに終わり、ブダペストまで応援に来た家族の前で泣いた。危機感で目が覚めた。

 「世界水泳が終わってから本当に反省した。こんなに練習しないと結果に出るんだ、と思って。オフになってからは、絶対こんなことで練習をあきらめないと思って、ずっと泳いできた。苦しかったけど、あってよかったと思える1年でした」

 自由形とバタフライを専門とするが、東京で最もメダルに近いと考えられるのが100メートルバタフライ。6月の欧州グランプリ・モナコ大会では56秒23まで記録を伸ばした。今季に限れば、世界記録保持者のショーストロム(スウェーデン)らを抑え、堂々の世界ランク1位。表彰台、そして金メダルへの距離は。

 「今の段階ではまだ、絶対金メダルを取ります、とは言えない。一番の目標はメダルで、取りたいと強く思っているし、逆に今のレベルなら取れると思う。でも、他の選手も伸びてくる。表彰台に上れるか上れないか、ギリギリの位置に、今はいる」

 5月から師事している三木二郎コーチのもとで、スタートの改善やキックの強化に着手した。海外の強豪に勝ち切るには、前半のスピードも、最後まで押し切れるパワーも必要だ。スタートした瞬間に早い段階で前を向いてしまい、力を上方向に逃がしてしまう癖を矯正し、キックの練習量も増やした。新たな環境で、さらに殻を破ろうとしている。

 「世界ランクも上位に入って、まだ追う側でもあるが、追われる側でもある。そこは自分の意地、プライドを持って頑張りたい。五輪までどんどん近くなって、時間も減ってきている。悔いのないように、一日一日を大切に過ごしたい」

 がむしゃらに記録を求めた時期も過ぎ、次は「大事な試合、出したい試合で記録を出す」という段階へと移る。8月にあるパンパシフィック選手権、アジア大会は格好の試金石だ。

 「ちょっとずつ、試合でやりたいことを決めていく。東京五輪から逆算して、(19年の)世界水泳では何秒出しておいたら、本番では何秒出るだろうという考えを持っていければいいかな。思い通りにクリアしていけたら? 目標は『金メダルを取りたい』に変わるかもしれない」

 今月、18歳になった。練習中、時折不思議な感覚に襲われることがあるという。

 「ゾーンに入る瞬間があるんです。そのときは鳥肌が立ちます。全力で泳ぐ練習とかがあって、きついんだけど、すごく進んでいるという感覚がした瞬間に、急に鳥肌が立つんです。きついけど、なぜか進むし、頑張れるし、もう『自分が主役!』みたいな感じで泳げます。魚はこんな感じなんですかね?」

 魚ならば、水に愛されるのも当然だろう。20歳で迎える五輪の夏。自由自在に、水中を舞う。

 ◆池江 璃花子(いけえ・りかこ)2000年7月4日、東京・江戸川区生まれ。18歳。淑徳巣鴨高3年。ルネサンス所属。姉と兄の影響で3歳から水泳を始め、専門は自由形とバタフライ。15年世界選手権は14年ぶりの中学生代表に。リオ五輪は日本勢最多の7種目に出場した。チョコレートが大好物。170センチ、57キロ。

スポーツ

×