1970、74年アジア大会 競泳5冠の西側よしみさん「池江さんは今のこの勢いのまま、東京でもメダルを取ってほしい」

スポーツ報知
女子400メートルメドレーリレーで金メダルを獲得し喜ぶ(左から)青木智美、池江璃花子酒井夏海、鈴木聡美

 池江璃花子が競泳女子歴代最多タイとなる5冠を達成した。1970年バンコク、74年テヘラン大会で連続5冠を達成し、計10個の金メダルを獲得した村山(旧姓・西側)よしみさん(65)は、今は日本水泳連盟の常務理事として、水泳の普及に尽力している。当時の思い出と池江への期待を聞いた。(取材・構成=小林 玲花)

 村山さんは1968年のメキシコ五輪に15歳で出場するなど、3大会連続で五輪に出場したマルチスイマーだった。70年のアジア大会では17歳。今の池江よりも若かったが、100、200メートル自由形、200メートル個人メドレー、女子400メートルの自由形リレーとメドレーリレーを制して5冠に輝いた。続く74年大会でも同じ5種目を制覇した。2つの大会で、少しずつ味わいは違った。

 「17歳での5冠は五輪への通過点だと思っていた。自分の気持ちは次の(72年の)ミュンヘン五輪に向かっていた。金メダルを取る思いが強いというよりは、記録を意識して泳いだ。74年大会は、もう自分には五輪はない、最後だ、と思って泳いだ。とにかくメダルを取りたい、と思って行った中での5冠だった」

 44年ぶりの記録の価値は、並み居る強敵を相手にもぎとったことだと話す。

 「中国にも勝っていることがポイント。(70年代の)当時、中国がFINA(国際水泳連盟)に加盟していなかったので、その頃は今のように(相手の力に)恐怖を感じるようなレースもなかった。今は中国も、世界も強い。その中で池江さんはあれだけの記録を残している。自分もすごく応援している」

 大先輩から見ても、池江の泳ぎの技術は水際立っている。

 「2年前くらいから泳ぎが力強くなった。伸びやかで無駄がない。キャッチもすごく良い。相当練習されているんだろうなと感じながら見ている」

 複数種目をこなすのはハードだったが、プライドの表れでもあった。

 「私は1種目1種目、日本のトップでありたいと思っていた。自由形では100、200で日本記録も持っていたし、背泳ぎでも平泳ぎでも持っていたことがある。複数種目への出場は、レース間がタイトだが、そこをクリアしながら池江さんは泳いでいる」

 池江の最大目標は、もちろん東京五輪。村山さんも、2年後への希望を膨らませている。

 「期待するのは『センターポールに日の丸を』ということ。私はアジアが最高成績で五輪でメダルがなかった。池江さんは今のこの勢いのまま、東京でもメダルを取ってほしい。自由形とバタフライが彼女の得意種目ですが、私はバタフライを伸ばしていった方がメダルに手が届くと思う。自己ベストを更新しながら、今のままの気持ちを持ち続けていってほしい」

 ◆西側(現姓・村山)よしみ 1953年4月8日、大阪・茨木市生まれ。65歳。兵庫・武庫川女大卒。アジア大会は1970年バンコク、74年テヘランで2大会連続5冠。五輪は68年メキシコ、72年ミュンヘン、76年モントリオール大会に出場したが、メダルはなし。現在は日本水泳連盟常務理事。

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