上田ゆい、フィギュアからエアピストル転向…半年で全国トップレベル

スポーツ報知
10メートル先の標的に狙いを定める上田ゆい。銃口から出ている紐は「セーフティーフラッグ」といい、銃が弾が出ない状態で安全だという印。これを抜かないと弾が出ない(カメラ・酒井 悠一)

 冬から夏へ競技を変え、五輪を目指す選手がいる。射撃女子エアピストルの上田ゆい(19)=東海東京フィナンシャル・ホールディングス=は元フィギュアスケート選手で、中3の夏に本格転向。わずか半年で全国トップレベルに駆け上がった。

 この春から社会人となり、射撃界のレジェンドの金言にも支えられ、高校時代に経験した大スランプも脱出。異色の経歴を持つホープが、東京へ向け再び加速を始めた。(林 直史)

 「スケートは人が点数をつける。でも射撃は自分で点数をつけるので、そこがものすごく面白くて」

 銀盤を離れ、銃を持った上田は5歳でフィギュアスケートを始めた。兄が通うアイスホッケー教室の横で見たスピンに、「私もクルクルしたい」と憧れ、小、中学校と全国大会に出場。冬季五輪も夢見た少女だった。

 「ジャンプは最終的に3回転までいって、スピンも得意で結構回ってました。かなり練習しないと上達しないし、ライバルも多い。強烈な戦いだったけど、やっていて楽しかった」

度重なるけが… だが、小5で左足のすねを疲労骨折。その後も度重なるけがに悩んでいた中学2年の時、テレビに偶然映った射撃の映像に「ビビっときた」と、目を奪われた。朝から夜まで練習を終えると、スケートリンクから車で5分ほどの距離の射撃場に向かう日々が始まった。

 「自分の世界に入れるのが一番魅力的で、楽しい気持ちが大きかった。それがあるとどんどん点数が伸びて、のめり込んでいった」

 中3の夏に二刀流から射撃への専念を決意。初めてエアピストルを持ち、いきなり100点満点の10発で97点を記録。フィギュアで鍛えた体幹や基礎練習を大切にする姿勢も生きた。

 「練習の弾数は人より少ない。多い人で1日120発ぐらいですけど、60発も撃たない。白い壁に向かってずっとトリガーを引いたり、理想の一連の動きをひたすらイメージしたり。弾を出して標的を狙った方がやっぱり面白いけど、そういう積み重ねが後で役に立つと信じてやってます。フィギュアも私のコーチはスケーティングを重視して基礎的なエッジの使い方とかをずっと教えてもらっていた。小さいうちはジャンプが跳べれば点数が出て勝てるけど、大きくなったら滑りがキレイな方が点数が伸びる。そういう経験をしたので基礎は大事だなって」

 シニアの大会でも上位に食い込み、わずか半年で有望な中高校生を寄宿制で育成する「JOCエリートアカデミー」への入校が決まった。だが、「自分の中でディズニーランド、夢の国みたいだった」というアカデミーの看板が重圧となり、極度のスランプに陥った。

 「普通であれば悩まないところで3か所ぐらい課題が出て。10点に入れるには頭で理想の照準をイメージして再現しないといけないけど、思い込みや不安や恐怖によってそれが塗り替えられて、どこを狙っていいか分からない。イップスだとは思わないようにしていたけど、巨大な何かが襲ってきているような感覚。練習できないぐらい精神的に追い込まれてて、泣きっぱなしみたいな感じでした」

 3年間続いたどん底から救ってくれたのは、尊敬する射撃界の第一人者で、五輪3度出場の松田知幸(42)=神奈川県警=、2度出場の小西ゆかり(39)=飛鳥交通=からの、豊富な競技経験を凝縮した言葉だった。

 「情報ばかり入れて頭でっかちになってパンクしちゃうような状況で、松田さんや小西さんが支えてくださった。松田さんからはメンタル面、小西さんからは技術面を学ぶことが多かった。『射撃はすごく繊細で難しく見えるけど、同じ動きを60回続けるだけのものすごくシンプルな競技だから』って言われた時に、そっかって思って。自分で難しくしてたと気づかされた」

 射撃は自衛隊や警察に進む選手が多いが、高校を卒業後、「自立して行動することで覚悟を持って競技に打ち込める」と、東海東京フィナンシャル・ホールディングスに就職した。6月のジュニアW杯では60発が565点で自己ベスト。復調の兆しをつかんだ。

 「これから先は考えて、自分なりの射撃を生み出していかないといけない。もちろん最終的な目標は五輪でメダルを獲得すること。東京に出て力を発揮したい気持ちはあるけど、正直、今の状況では全然約束ができない。とにかくこの2年をどう使って自分を伸ばしていけるか。今はそこに焦点を置いて、ベストを尽くしたいなって思ってます」

 ◆ビームライフル体験教室

 ○…上田は4月から「世田谷区立総合運動場エアーライフル場」で主に練習している。最大6射座が設置でき、開館時間は午前9時から午後9時までで毎週水、土曜日は個人利用も可能。毎年秋の「区民スポーツまつり」ではビームライフル体験教室も行っている。上田は「受付が親切な方が多く、射撃場も電子標的で撃ちやすい。毎日すごくいい練習をさせていただいてます」と語った。

 ◆エアピストル 空気拳銃を使用し、片手で銃を構える射撃姿勢で10メートル先の標的(直径155・5ミリ、10点は11・5ミリ)を狙う。五輪は1時間15分で60発を撃ち、満点は600点。上位8人がファイナルに進み、250秒で立射の5発を2回、50秒で1発ずつ撃ち、12発目を撃ち終えた時点の8位が脱落。以降2発ずつ勝ち抜きで順位を決定する。

 ◆上田 ゆい(うえだ・ゆい)1999年6月3日、福岡市生まれ。19歳。5歳でフィギュアスケートを始める。福岡雙葉小から雙葉中に進み、3年時に射撃に本格転向。高校からエリートアカデミーに入校し、2015年アジア・エアガン選手権9位、16年から全国学生・生徒エアピストル競技大会、JOCジュニアオリンピックカップを2連覇。卒業後、選手の就職支援制度「アスナビ」を活用して東海東京フィナンシャル・ホールディングスに就職した。155センチ。家族は両親と兄。

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