池江璃花子らトップスイマーを金に導くハイテク水着“神の手”の「原点」

スポーツ報知
新製品の競泳用水着を着用して発表会に登場した池江璃花子

 アスリートを支える道具の進化が、五輪での結果を大きく左右するのは言うまでもない。競泳水着も年々進化を遂げ、本番までの短い期間でどれだけ機能を高められるかが、各メーカーの腕の見せどころだ。スポーツ用品大手のミズノは池江璃花子(18)=ルネサンス=、大橋悠依(23)=イトマン東進=らメダル候補と契約。世界トップレベルの泳ぎを支える最先端水着開発の過程に迫った。(取材・構成=太田 倫)

 聞き慣れない短く甲高い金属音が、断続的に響いている。音を文字にするなら「チュイーン」という表現が近いだろうか。兵庫・丹波市にあるミズノテクニクス氷上(ひかみ)工場。金属音は、超音波ミシンが生地を溶着していく際に発生するものだ。ミズノの最先端テクノロジーを駆使した水着の試作品を作る「原点」の場所だ。

 昨年11月20日、東京・辰巳国際水泳場で、ミズノの19年の新作水着が発表された。FINA(国際水連)承認の「GX・SONIC 4」で、男女とも短距離用のST(スプリンター)タイプと、中・長距離に適したMR(マルチレーサー)タイプがあり、計4種類。STタイプを着用した池江は「心地よい、いいフィット感」。MRタイプを試した大橋は「もも裏が使いやすくて、最後までいいキックが打ち続けられそう」とうなずいた。

 新作開発を中心となって推し進めたのは、グローバルアパレルプロダクト本部で企画デザイン部に所属する大竹健司さん(41)。17年3月に現在の部署に異動し、初めて水着づくりに一から携わることになった。難題は旧モデル「GX・SONIC 3」の評判が非常に良かったこと。「正直、3の評価がすごく高くて、何も変えないでほしいっていう声が結構ありました。こうしたらいいというポイントがいっぱいあれば良かったのですが」

 フルボディーのスイムスーツなどが禁止されている今は、体幹を安定させ水面と平行で抵抗の少ないフラットな姿勢をいかに保てるかが、速く泳ぐカギ。しっかりしたサポート力と、動きやすさの両立。一見矛盾する宿題だ。

 「トップ選手には、トップ選手の感覚がある。水に入った瞬間に『速い』とか『軽い』とか。一般人では分からない繊細な感覚を大切に探った」。例えば池江からの要望は「胸のところの幅は、できる限り広い方がいい」。バタフライは両腕を激しく回すため、水着が徐々にズレてくるケースがある。フィット感と安心感を与えるため、旧モデルより両サイドに生地を約5ミリずつ広げた。この改良により両肩の締め付けも緩和され、一石二鳥だった。

 また、腰から太ももの背面は張りの強い素材を裏地に使った二重構造にしてホールド感を確保。生地のつなぎ目は、旧モデルでは縦にほぼ垂直に走っていたが、今回はX字状になっている。骨格や筋肉によりフィットさせるような形を目指した。表面は、東レと共同開発した凹凸のある特殊素材。従来の凸部に極めて細かい溝を追加し、水中での表面摩擦抵抗も低減した。

 テクノロジーの粋を詰め込んだパーツを水着にしていくのが、冒頭で触れた氷上工場だ。「4」は13個のパーツから成る。強度が重視される肩ひもと股下の部分以外は、超音波ミシンで溶着させる。糸の縫い目、縫いしろがないシームレス(無縫製)は、水の抵抗を減らすには不可欠な要素。同工場製造課の道本美和さん(36)が実演してくれた。この道10年ほどになる熟練の職人はバラバラの生地を手際よく水着の形に仕上げていくが、特殊な素材だけに「神経は使いますね。破れたら、生地の裁断からやり直しですから」。

 作業のヤマ場は背面部分。X字状のつなぎ目は、微妙な曲線を描く。「お尻のところのカッティングは大きく変わった。縫うのは難しいですよ。3は真っすぐでしたから。カーブがきついと、どうしても縫い目を引っ張りすぎて破れることもある」。超音波ミシンの後は、つなぎ目をテープで補強する。約520度という超高温の熱風で、隙間なく貼り合わせる。手元が狂えば即、やけど。緊張感の伴う作業だ。

 開発期間の約1年半で試作品は200着を超えた。作っては選手の要望に沿って微調整を加え、また作るという繰り返し。ただ、道本さんでも生地の多い女子の水着は「1日2枚か2・5枚、頑張って3枚」。生地の裁断を含めると、1着完成させるのに3~4時間はかかる。ハイテク水着を支えるのは地道で、アナログとも言える作業なのだ。

 池江は昨年までMRタイプを好んでいたが、STタイプを着ることも考えているという。大竹さんは選手の感覚を肌で理解するため、自身もプールに通い始めた。新作もはいて泳いでみた。「フラットってこういう感覚のことを言っているんだ、というのはちょっとは分かりました」

 かつての「レーザーレーサー」や「ファーストスキン」のような派手さこそないが、限られた面積の中に作り手の思いや職人技が詰め込まれている。「4が正解でゴールとは思っていない。何がいいのか悪いのか、答えを探していきたい」。東京五輪に向けた開発競争はここから佳境を迎える。

 ○…ミズノはゴーグルのデザインも刷新した。従来品より、側面の段差をなくして滑らかなカーブに変更。水の抵抗を減らし、入水やターン時に衝撃で外れないような工夫が施された。同時に視野も広くなった。また、選手の顔を3Dスキャナーで採寸するなどして、ゴーグル着用時の肌への圧力が均等になるように設計された。選手たちには強力な相棒となりそうだ。

  体幹を安定させ水の抵抗を減らすなどの基本コンセプトは同じでも、開発を手がける各社のアプローチは様々だ。

 「アリーナ」を手がけるデサントも、新作「アルティメット・アクアフォース」を発表。動きやすさを追求し、従来より約20%も軽量化した約70グラム(男性用)の超軽量タイプと、疲労時でも足を引き上げる効果を持つパワーテープを男子用3本、女子用には2本使用したサポート力重視のタイプがある。特に軽量タイプは他社と比べても「今のところ一番軽い」(開発担当者)という自信作。瀬戸大也(ANA)らが開発段階から関わり「本当に驚くほど軽い」と絶賛するこだわりの逸品だ。

 アシックス社は、水の抵抗を低減するためスイマーの姿勢を一直線に保つというのが開発テーマ。股関節から膝に向かって内側に傾斜をつけた独自のパターン設計を使うなど、脚が閉じた姿勢、骨盤の前傾などを保つ仕組みが取り入れられている。

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