東海大・両角速監督&立大・上野裕一郎監督、佐久長聖高・師弟が対談「3年で箱根十分にある」

2019年1月26日12時0分  スポーツ報知
  • 固い握手をして健闘を誓い合った東海大・両角監督(左)と立大・上野監督

 第95回箱根駅伝(2、3日)で悲願の初優勝を果たした東海大の両角速監督(52)と、昨年12月から立大を率いる上野裕一郎監督(33)がこのほど“師弟対談”を行い、出会いからこれまでを振り返りながら、将来への思いを語り合った。上野監督は長野・佐久長聖高で指導していた両角監督のもとで競技を始め、わずか3年で高校日本一の選手に成長。師匠は上野監督率いる立大が3年で箱根駅伝に出場することを期待し、教え子は両角監督のライバルとなることを目標に掲げた。

 1月3日。箱根駅伝初優勝を果たし、東京・大手町で宙に舞った東海大・両角監督の姿を立大・上野監督はテレビの前で万感の思いで見つめていた。

 上野監督(以下、上)「これまで苦労しながら、ついに東海大を優勝に導いた。感動しました」

 その1か月前。スピードキングと呼ばれた上野監督は昨年12月1日付で立大の監督に就任。日本陸上界で大きな話題となったが、両角監督に驚きはなかったという。

 両角監督(以下、両)「お互い陸上しか能がない(笑い)。上野も選手としての戦いを終えた後は指導者の道に進むと思っていた」

 師弟の出会いは18年前。2001年当時、佐久長聖高で指導していた両角監督は地元の中学校で野球部に所属しながら長距離ランナーとして未知の能力を秘めていた上野少年の存在を知る。

 両「中学校の県駅伝1区で上野は4番だった。フォームはガチャガチャしていたけど、手足が長くてスケールの大きさを感じたので勧誘した。入学前の01年2月、いきなり3000メートルを(中学生トップレベルの)8分台で走った。これは大化けするぞ、と思った」

 上「高校に入ったら野球ではなく陸上一本で勝負しようと思っていました。ただ、陸上の知識はゼロ。トラックで3000メートルを走ったのもその時が初めてでした。両角先生には陸上を一から教えてもらいました。その後、大学や実業団で多くの指導者の教えを受けましたが、それは応用編。今でも基礎となっているのは両角先生の教えです」

 両角監督は1995年に佐久長聖高の体育教師として赴任。自らブルドーザーを操り、クロスカントリーコースを整備するなど熱心な指導で短期間で全国有数の強豪に育て上げた。名監督のもと野球少年は急成長。1年時の01年12月、競技歴1年弱ながら全国高校駅伝2区(3キロ)で8分16秒の好記録で区間賞を獲得。3年時の03年11月には1万メートルを28分27秒39で走破し、渡辺康幸(千葉・市船橋)が持っていた日本高校記録を12年ぶりに更新した。高校卒業後、中大に進学し、学生の枠を超えた日本のトップランナーとなった。両角監督はその頃、すでに上野監督の指導者としての資質を感じていた。

 両「上野は実家が佐久なので大学進学後も夏や正月に帰省した時、必ず高校に顔を出してくれた。そんな時、決して威張ることはなく、高校生の目線に落として後輩にアドバイスを送っていた。その姿勢が大事。将来、いい指導者になる可能性があると思った」

 上「両角先生にそう言っていただくのはうれしいですが、学生の頃は自分の競技のことで頭がいっぱいで、指導者への道を具体的に考え始めたのは27歳の時でした。13年に所属していたエスビー食品が廃部となり、DeNAに移籍した時、年齢的にもセカンドキャリアを考えるようになりました」

 立大は2024年の創立150周年記念事業として「立教箱根駅伝2024」をたちあげ、上野監督を招聘(へい)。現役は続行するが、軸足はあくまで指導者。24年の第100回箱根駅伝で1968年大会以来の復活出場を目指す。

 上「両角先生の指導で一番、見習いたい点は選手一人ひとりを細かく観察し、異なる指導をすることです。褒める選手と厳しく接する選手、その見極めがすごい」

 今回、歓喜のゴールテープを切った郡司陽大(3年)が上野監督の言葉を裏付ける。「前回は当日変更で8区から外された。その後に両角監督にみんなの前で郡司を使わないで良かった、と言われた。殴って辞めてやる、と思ったが、今となっては僕を発奮させるためだった、と分かります」としみじみと話す。

 上「今の僕にはとてもそんなことを言えません」

 両「郡司は気持ちが強い選手だから。上野もそうだった。結構、厳しいこと言ったよね」

 立大は昨年の予選会では28位。ぎりぎりの11位で通過した上武大とは37分45秒の大差があった。“箱根への道”は険しいが、両角監督は立大と上野監督の可能性を高く評価する。

 両「野球少年だった上野が、わずか3年で日本一の高校生ランナーになるとは誰も想像できなかったが、成し遂げた。今回の新たなチャレンジも同じ。新監督の上野が3年で立大を箱根駅伝に導く可能性は十分にあると思っている」

 箱根路の新王者となった東海大の指揮官の言葉は33歳の青年監督にとって心強いエールとなる。

 上「両角先生の背中を追って頑張ります。将来、東海大と両角先生のライバルになることが目標です」

 両角監督と上野監督。固い絆で結ばれている師弟が箱根路で対決する日はいつか訪れるだろう。(取材、構成・竹内 達朗、太田 涼)

 ◆箱根駅伝の主な師弟監督

 神奈川大・大後栄治監督(54)の教え子のひとりが上武大・近藤重勝監督(44)。近藤監督が3年時の1997年に神奈川大は初優勝。98年も連覇した。駒大・大八木弘明監督(60)の指導を受けたのが国学院大・前田康弘監督(40)。前田監督が4年時の2000年に駒大は初優勝した。順大・沢木啓祐元監督(75)の教え子に山梨学院大・上田誠仁監督(60)、中央学院大・川崎勇二監督(56)らがいる。ただ、両角監督と上野監督のように高校時代の「師弟」がともに大学で指揮を執っていることはまれ。

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