「相撲界に入って良かった」大露羅引退 千秋楽で断髪 ロシアに帰国へ

2018年9月21日13時52分  スポーツ報知
  • 樹龍を下して引退前最後の相撲を白星で飾った大露羅
  • 来日と入門を伝える北の湖部屋新聞の記事

  ◆大相撲秋場所13日目(21日・両国国技館)

 体重292・6キロの歴代最重量力士が土俵に別れを告げる―。大相撲の西序二段12枚目で、ロシア出身の大露羅(35)=山響=が21日、秋場所限りでの引退を明かした。最後の土俵となったこの日は、東三段目87枚目・樹龍(宮城野)を寄り切って今場所初勝利。白星で19年間の力士人生を締めくくった。23日の部屋の千秋楽パーティーで断髪し、来月上旬に帰国するという。

 土俵に別れを告げた大露羅は花道に戻る前に両手を合わせて一礼した。待ちかまえた仲間たちから花束を受けとると一気に表情が緩んだ。「思い出になりますね。強くはなれなかったけど相撲界に入って良かった」と一気にまくし立てた。

 一番の思い出は「北の湖部屋に入れたこと。運が良かった」。1999年末に先代師匠の故・北の湖前理事長(元横綱)が知人を通じて勧誘した。「最初は北の湖さんって『誰だろう』と思ったけど相撲を知るうちに『あんなすごい人が俺の師匠なんだ』と思うようになった」。ユーモアたっぷりの性格だが人情も厚い。この日は師匠の遺影に手を合わせて場所入り。「オヤジがもし生きていれば今年の5月16日で65歳。ロシアで仕事、決まっていたけどそこまで(定年)約束していたから」と引退は亡き師匠への“義理と恩義”だったことを明かした。

 前理事長もかわいがり、2015年11月に亡くなるまで14年近く付け人として同伴させた。「なんでか分からないけど自分をいつも連れていた」。実父は10代で他界し、北の湖前理事長に、「(父が)亡くなったのでオヤジって呼んでいいですかと聞いたら小さい声で『いいよ』って。うれしかったですね」と師弟関係を超え、親子に近い絆があったという。

 大露羅は2001年春場所で初土俵。しこ名は先代師匠と親交があったコメディアンのポール牧さん(故人)がオーロラにちなんで名づけた。しこ名の下の名前は最初は「満(みつる)」で後に「敏(さとし)」へ。いずれも故・北の湖理事長の本名、「敏満」から一文字を“頂いた”ものだ。

 先祖には体重400キロを超える“巨人伝説”もある。来日時の体重は193キロ。北の湖部屋に来たその日にちゃんこ3杯をペロリ。後援者と出かけたすし店では250貫、焼き肉は50人前を平らげた大食漢。体が大きすぎて2席分を用意して新幹線に乗るという苦労もあった。

 8月27日の力士健康診断で292・6キロを記録。1年前に自身が元大関・小錦(現タレント)の285キロを上回る288キロで歴代最重量力士となり、今年は2年連続で重量記録を更新。「今場所前に292キロになったので体重を落とした。288キロに戻った」と4キロ“減量”。前人未到の300キロ超えはかなわなかったが、「無理、普通の人間が300キロになるには(食って)寝るしかない。これからはジムに行きますよ、現役時代に行かなかったけどね。体中の関節が痛いしね」とダイエットをする決意だという。

 最高位は幕下43枚目(2011年九州場所)で関取にはなれなかったが、相撲ファンからの人気は絶大だった。今後は母国ロシアに戻り、スポーツイベント関連の仕事に従事する意向だという。「いいこと悪いこと、いっぱいあった。悪いことは忘れていいことは思い出にする」と既に第2の人生に視線を向けた。「これからが大変だよ。仕事? 日本語も体も生かせない。頭を使うんだよ」と構想も披露。これからの活動はSNSを中心に発信する意向で、「インスタグラムとかをみていて下さいね」と終始笑顔で支度部屋に戻った。

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