永瀬拓矢七段、ストイックな「軍曹」の原点はラーメン店の父…棋王戦5番勝負12日開幕

スポーツ報知
ストイックさで知られる永瀬拓矢七段。一方で「最近は紅茶屋さんに行くのが趣味と言えば趣味です。カモミールが好きですね」と可愛らしい一面も

 永瀬拓矢七段(25)が渡辺明棋王(33)に挑戦する第43期棋王戦5番勝負が12日に開幕する。初タイトルを目指す永瀬は、5連覇中で永世棋王資格保持者でもある渡辺に挑む。一昨年の電王戦FINALでコンピューターソフトを破り、昨年は非公式戦で藤井聡太五段(15)にも勝利した俊英。「軍曹」とも称されるストイックな向上心の源泉には、川崎市内でラーメン店を営む父の姿がある。

 時折こぼす笑顔が自然体と平常心を物語っていた。激動の2017年度のラストを飾るタイトル戦である棋王戦。挑戦する永瀬の穏やかな表情には、開幕直前の緊張や高揚は見受けられなかった。

 「棋王はとても強いですから。気負わずに自然体で、いつも通りに指せたらと思います」

 渡辺とは4年前に大勝負を経験している。竜王戦の挑戦者決定3番勝負で1勝2敗で惜敗した。

 「1番入った(1勝できた)のが奇跡的なくらいに手合(実力)が違いました。でも、月日はたっていますので、あの時よりは地力は付いたかな、とは思います」

 若くして棋界の頂点を極めた渡辺の、あるシーンが脳裏に焼き付いている。

 「将棋を始めた直後の小学生の頃でしたけど、渡辺棋王が初めて竜王を奪取する瞬間をBSの生中継で偶然見たんです。(当時、渡辺は弱冠20歳だっただけに)子供ながらにすごいな~という感情を抱いたことを今でも記憶しています」

 タイトル戦は2度目。初挑戦は昨年度の棋聖戦で羽生善治棋聖(47)に挑んだ時。3局を終えて2勝1敗と王手をかけながら、4、5局を落として初戴冠とはならなかった。

 「力負けだったので何も言い訳は出来ないです。ただただ力不足を痛感しました。負けた4、5局はチャンスもつくれなかった。だから悔いもないんです」

 9歳の時。祖父が誕生日プレゼントとして贈ってくれた盤と駒で将棋を始めた。

 「普通にサッカーも好きでしたけど、でも大人とも対等に戦えて体格差も何も関係のない将棋を指す時、ものすごくワクワクする自分に気が付いたんです。最初は駒の利きを覚えるにも時間がかかった記憶がありますけど。ゲームは好きですけど、1日は24時間しかないので還暦を迎えたら再びやろうと思います」

 同じ頃、川崎市でラーメン店「川崎家」を経営する父・宏さん(65)の背中に向上心とは何かを学んだ。

 「10年、20年とラーメン屋をやっている父ですけど、あの時、他のお店に修業に出たんですね。当然、職人ですからプライドもあると思うんですけど、頭を下げて弟子入りしたんです。キムチを研究するために韓国にも行っていました。プライドよりもおいしいものを作りたいという気持ちで。実際においしくなりましたし。なかなか実行できることではないので、子供心に見習わなければならないなと思いました」

 小学6年で奨励会へ。脇目も振らず、1日15時間にも及ぶ研究を課して将棋の道を突き進む求道者として知られた。高校には入学したものの、すぐ辞めた。

 「肌に合わなかったんですね。自分のいる世界ではないとすぐに思いました」

 17歳で四段(棋士)昇段。12年に新人王戦優勝、加古川青流戦制覇など実績を重ねてきた。一昨年にはコンピューターとの対抗戦「電王戦FINAL」ではソフト「selene」に勝利。昨年は藤井五段がトップ7人に挑んだ非公式戦「炎の七番勝負」で羽生らが天才少年に屈する中、唯一の白星を挙げている。

 「コンピューター戦は精神的に苦しいものはありましたが、威厳を守りたかった。無事に終えられたことは支えになっています。藤井さんには…大金星ですよ。藤井さんは実力で勝ち続け、力を誇示している。練習将棋も指させていただきますが、いつも教えていただきたいと思っております」

 ストイックな姿勢から、異名は「軍曹」。重厚な響きはあるが、階級としては下位である。

 「ニックネームを付けてもらえるのはありがたいですね。階級を上げるためには…タイトルを獲るしかないのかもしれないですね」(北野 新太)

 ◆棋王戦(きおうせん) 竜王戦、名人戦、叡王戦、王位戦、王座戦、王将戦、棋聖戦と並ぶ8大タイトル戦のひとつ。主催は共同通信社。全棋士、女流名人、アマ名人が参加。予選通過者とシード者で本戦トーナメントを戦い挑戦者を決める。ベスト4以上は敗者復活戦があることが特徴。2~3月に5番勝負が行われる。渡辺明が現在5連覇中。連続5期獲得で永世棋王の資格を得る。有資格者は羽生善治と渡辺明。

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