【#平成】〈9〉空前のブーム「失楽園」ドロドロ不倫が支持を受けた現実と幻想の間

2018年7月14日11時0分  スポーツ報知
  • 映画「失楽園」がDVD化された際のジャケット写真(「失楽園」DVD¥4700+税 発売・販売・KADOKAWA、(C)1997「失楽園」製作委員会)
  • 映画公開後のパーティーで談笑する(左から)渡辺淳一さん、岡田茂さん(当時東映社長)、黒木瞳、原正人プロデューサー
  • 平成9年の主な出来事

 天皇陛下の生前退位により来年4月30日で30年の歴史を終え、残り1年となった「平成」。スポーツ報知では、平成の30年間を1年ごとにピックアップし、当時を振り返る連載「♯(ハッシュタグ)平成」を掲載する。第9回は平成9年(1997年)。

 大人の不倫を描き、平成9年2月に講談社から単行本として刊行された「失楽園」は、上下巻を合わせた年間発行部数は300万部を突破。同年の映画も、興収約44億円の大ヒットとなった。「失楽園(する)」は同年の流行語大賞に選出。老若男女が不倫の恋に憧れた。今では考えられない「ドロドロ不倫」の社会現象化。なぜ男性だけでなく女性からも支持されるまでに至ったのか、映画スタッフの証言を中心に、その要因に迫った。(樋口 智城)

 97年5月10日。映画「失楽園」の公開初日は、銀座の映画館に数百メートルもの長蛇の列ができた。その8割方が女性だった。「100万人動員、興収12~13億円が成功の目安」とされるなか、「約300万人、興収約44億円」を記録する大ヒットとなり、「失楽園ブーム」をさらに加速させた。

 映画作りを振り返るために、時間を少し巻き戻す。

 96年初頭。角川書店の角川歴彦(つぐひこ)社長(当時)から映画化を持ちかけられた時、プロデューサーの原正人さんは「難しい。できません」。そう言って、難色を示した。ネックは作中の性描写。「原作を忠実に描いてひとりの女性が乱れていく姿をそのままに描くと、“ハードコア”になってしまう。成人映画ならいいんだけどって話ですよ」と振り返る。

 渡辺淳一氏原作の「失楽園」は、95年10月に日本経済新聞で連載開始。不倫する男女を主人公に性の奥深さを描き出した内容は男性を中心に大きな話題となり、通勤中にむさぼり読むサラリーマンの姿はテレビのワイドショーでも取り上げられた。映画化の話が出た時、小説は連載中。原さんは「97年に講談社から本が出ることは分かっていた。歴彦さんには、そこに映画をぶつければブームが起きるという計算があった」と明かす。

 歴彦氏にも事情があった。93年、当時の社長の不祥事で会社は経営的に打撃を受け、社外にいた歴彦氏が社長就任。映画「失楽園」はグループ再建の第1弾だった。社運を懸けた企画。簡単に諦めるわけにはいかなかった。

 そこで原さんは「どういうコンセプトなら映画化できるか」を考えた。ふと思い出したのは、自らが関わった74年の仏映画「エマニエル夫人」。性をテーマに、主人公の女性が大胆に自立していく姿が、日本の女性から絶大な支持を受けた。「あの文学的な香り、美しい映像。『現実とファンタジーの間』のセンでいこう」。方向性が固まった。

 目指すはロマンチックで汗臭くない映画。「女性にこそ見てもらいたい、がスタッフの共通認識だった」という。役者も「気品」を重視。役所広司、黒木瞳の主演にこぎつけた。監督には透明感あふれる映像に定評があった森田芳光さん。脚本は筒井ともみさんに依頼した。

 筒井さんは「キャラクターは、渡辺さんの原作から変えました」。当時はバブルがはじけて数年後、日本人が自信を失いつつある時代。「ヒロインの凛子さんは『本当の意味のセックスを初めて知って、時代をちゃんと貫ける視線を持つことができるようになった女』にしたのです」。愛を求めて男性へ寄り添う原作の女性像とは違う「芯の強さ」を加えた。

 原作の「男女の性の深淵(しんえん)」とは違うテーマ。原さんは「渡辺先生の渋谷の仕事場にシナリオ持って行ったんですが、もう赤字だらけで返ってくるんですよ」と振り返る。不満を見せる渡辺さんへの「ガス抜き」のため、原さん、森田監督、筒井さんらを交えてレストランで会食。原さんは「この男、信用できますから」と森田監督の肩をたたき、酒が飲めない森田監督が銀座で映画版の意図を説明した。関係者総出の熱意で、ようやくゴーサインが出た。

 映画公開後に行われたパーティー。にこやかな笑顔で関係者と握手を交わす渡辺さんの姿があった。文壇の重鎮が、映画を認めた瞬間でもあった。

 ◆失楽園 久木祥一郎は出版社の敏腕編集者だったが、ある日突然左遷。失意の久木の前に、カルチャーセンターで書道講師をしている松原凛子という人妻が現れる。久木の強引なアプローチに応えた凛子。週末ごとに逢瀬(おうせ)を重ねていくうちに、凛子はいつの間にか性の歓びの底知れない深みに捕われていく。最後の毒ワインを口にしながらの心中場面が有名。

  • 脚本を担当した筒井ともみさん

    脚本を担当した筒井ともみさん

 ◆筒井 ともみ(つつい・ともみ)1948年7月10日、東京都生まれ。69歳。成城大卒。72年ごろから脚本家として活躍。96年にドラマ「響子」「小石川の家」で向田邦子賞受賞。「失楽園」で98年に日本アカデミー賞優秀脚本賞、「阿修羅のごとく」で04年に同最優秀脚本賞受賞。原作・脚本を務める小泉今日子主演の映画「食べる女」が9月に公開予定。

 ◆原 正人(はら・まさと)1931年11月18日、東京都生まれ。86歳。58年に日本ヘラルド映画に入社。81年にヘラルド・エースを創立し、98年「アスミック・エース エンタテインメント(現アスミック・エース)」の代表取締役社長就任。同社会長、相談役を経て、16年まで特別顧問を務めた。プロデューサーとして「瀬戸内少年野球団」(84年)、「乱」(85年)などを担当。

 ◆「たまごっち」女子高生発で大ブームに

 97年に爆発的なブームを呼んだデジタルペット「たまごっち」(バンダイ)。女子高生が火付け役となり、玩具店の前には開店前から大行列ができた。偽物の粗悪品も現れ、抱き合わせ販売や高額で取引されたケースもあった。
 時計機能があり、架空のペットに餌を与えたり、フンの掃除をして育てていく。「生きているペット」のため、オン・オフ機能はつけなかったという。バンダイ・ガールズ事業部の木次佳織さんは「当時はペットブームがあり、テトリスの白黒液晶の小型ゲームなどを学校のカバンにつけたりしていました。それを掛け合わせたのが発祥です」と話した。
 欧米、アジアなどで販売され、8200万台を超えたヒット商品。今ではキャラクター同士の「結婚」も可能になり、子供も生まれる。育て方でパパ似か、ママ似かが変わる。発売から22年目を迎えた「たまごっち」は、進化を続けている。

  • 90年代に大ヒットしたバンダイの電子ペット「たまごっち」

    90年代に大ヒットしたバンダイの電子ペット「たまごっち」

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