講談社ノンフィクション賞受賞、NHKディレクター・旗手啓介さんが語る新事実の舞台裏

スポーツ報知
「告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実」で講談社ノンフィクション賞を受賞した旗手啓介さん

 第40回講談社ノンフィクション賞が20日、発表され、NHKディレクターの旗手啓介さん(39)の「告白 あるPKO隊員の死 23年目の真実」(講談社)と宮下洋一さん(42)の「安楽死を遂げるまで」(小学館)の2作が受賞作となった。

 「告白」は1993年5月4日、日本で初めて本格的に参加したPKO(国際平和維持活動)の地、カンボジアで文民警察官が射殺された事件の真相に迫ったノンフィクション。今年1月、旗手さんはスポーツ報知のインタビューに応じ、新事実を発掘した舞台裏を語った。(甲斐 毅彦)

 1993年はバブル経済が崩壊した直後ではあったが、皇太子さまご成婚、若貴ブーム、巨人の大型新人・松井秀喜のデビューと明るい話題も少なくない時代だった。平和ボケしかけていた日本人を叩き起こすような衝撃的なニュースが飛び込んできたのはゴールデンウィーク中の夜ことだ。

 「カンボジアで襲撃され、負傷の日本人警察官 死亡」。殉職したのは、同国北西部で任務中だった岡山県警の高田晴行警部補(当時33歳)。大ニュースにはなったが、襲撃に至る背景も、襲撃現場の状況も詳しくは報じられぬまま、2か月半後の総選挙で自民党が過半数割れして55年体制が崩壊。非自民の細川政権が誕生し、支持率70%超えのお祭りムードとなった。

 「PKOの部隊が帰国してから1か月後で政権交代をしたので(この件についての)引き継ぎはなかったと思うんです。警察庁は隊員たちが帰国後に聞き取り調査をしているんですが、外務省も総理府(現内閣府)も、詳細な聞き取り調査を行っていませんでした」

 事件から20年以上たって旗手さんたち取材班が、独自での調査報道するきっかけとなったのは、当時、文民警察隊の隊長を務めた山崎裕人氏から、手記や、国連、政府への報告文書など膨大な記録を託されたことだった。資料を基に真相を浮かび上がらせようと、旗手さんは当時現場にいた元隊員たちへの取材を始めた。

 「何で今さら来るの? みたいな感じの対応から始まり、悩まれたんですが、『そろそろ高田がしゃべれと言っているのかな』とぽつりぽつり話してくださり始めた感じ。現実に起きたことを記録しておきたい思いは(部隊にいた)皆さんにあったようで、日記や映像を残していました」

 93年1月の日本人宿営地の爆破事件、4月の国連ボランティア・中田厚仁さん(当時25歳)の殺害事件などで断片的な情報は報じられていたが、現場に送り込まれた隊員たちが目撃し、体感していたのは、まさに無法地帯での修羅場だった。そして四輪駆動車で移動中にポル・ポト派とみられる武装勢力の襲撃を受けた運命の日の全容も初めて明らかになった。ロケット弾がさく裂し、自動小銃の乾いた発射音が鳴り響く。隊員のほとんどが重傷を負い、頸(けい)部に被弾した高田さんはかすかに呼吸をしていたが病院に運ばれてから絶命。口に押し当てられた酸素マスクを懸命に吸おうとしていたという。

 「隊員の皆さんは、家族や警察の同僚にも今まで話していなかった。高田さんのお母さまが、番組(Nスペ)をご覧になった後、どう受け止めるか気がかりでしたが『事件後、たくさんの方々が何度もお線香を上げてくれましたが、息子がどのような最期を遂げたのか、教えてくれる人はいませんでした』とおっしゃられたんです」

 23年前の真実を描き出した作品は、文化庁芸術祭賞優秀賞、ギャラクシー賞など6つの賞を受けた。番組が放送される約1か月前の16年7月、陸上自衛隊がPKOに参加していた南スーダンで内戦再燃の危機が高まり、PKOの在り方についての議論が再燃していた。旗手さんは、受賞は偶然のタイミングにも後押しされたからと捉えている。

 「放送後には(稲田朋美元防衛相の)日報問題が出てきたりして、今の問題とつながっている感覚で皆さんが見てくださったのかもしれません。隊員の方々も言っていましたが、当時も、今も、安保法制については党派制とかイデオロギーで議論が進められて、現場でどうするかという建設的な議論がほとんどされていない。彼らが行く世界が危険だからこそ協力して平和を作る必要が出てくる、というのが議論の前提。それを僕ら(国民)が知ることの重要性はあると思います

 ◆日本人文民警察官死傷事件

 1993年5月4日、前年に成立した国際平和協力法(PKO協力法)に基づき、自衛隊とともにカンボジアへ派遣された文民警察官が、北西部のアンピル村で襲撃された事件。オランダ海兵隊部隊の護衛を受け、文民警察専用車など車両6台の編成でパトロール巡回して移動中に、ロケット弾や自動小銃の乱射を受けて1人が死亡、4人が重軽傷。オランダ海兵隊5人も重傷を負った。

 PKO参加については〈1〉紛争当事者間の停戦合意の成立〈2〉紛争当事者の受け入れ同意〈3〉中立性の厳守〈4〉上記の原則が満たされない場合の撤収可能〈5〉武器の使用は要員の防護のための必要最小限、の5原則が基本方針。死傷事件後に河野洋平官房長官(当時)は参加5原則は維持されていると見解を示したが、異論が起こった。

 ◆旗手 啓介(はたて・けいすけ)1979年3月16日、神奈川県・横浜市生まれ。39歳。一橋大社会学部卒。2002年NHK入局。ディレクターとして福岡局、報道局社会番組部、大型企画開発センターを経て、15年から大阪局報道部所属に。主な作品にはNHKスペシャル「サミュエル・エトー アフリカを背負う男」「調査報告 日本のインフラが危ない」「巨龍中国 大気汚染 超大国の苦闘」などがある。

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