山口2歳児はなぜ奇跡生還できたのか 入山30分で発見ボランティア“おばたのおじいちゃん”

スポーツ報知

 山口県周防(すおう)大島町家房に母親らと帰省し12日午前から行方が分からなくなっていた同県防府市の藤本理稀(よしき)ちゃん(2)が15日午前6時半ごろ、近くの山中で見つかった。病院に搬送され、軽い脱水症状がみられるものの、健康状態に問題はない。発見したのは大分県からボランティアで駆けつけた尾畠春夫さん(78)。日本中が心配した2歳児は、3日ぶりに奇跡の生還を果たした。

 理稀ちゃんは、曽祖父宅から北東約560メートルの山中の沢に、はだしを浸しながら座り込んでいた。樹木で覆われた山中の沢の近くに座り込み、「ぼく、ここー」と、捜索していた尾畠さんに話し掛けた。尾畠さんが「よしくん?」と呼ぶと、「おじちゃん」とはっきりした声で応答したという。

 12日に行方不明になってから、3日ぶりの奇跡の生還となった。泥だらけでダニに刺されたような痕があったが、外傷はほとんどなし。尾畠さんからアメを手渡されると、ぼりぼりと3個ほどかみくだいて食べた。不明時は水泳用ロングTシャツに海水パンツ、サンダル姿だったが、見つかった時はシャツのみ着用していた。

 尾畠さんは、そのまま理稀ちゃんをリュックサックに入れていたバスタオルにくるみ下山。警察官と合流し、祖父・正憲さん(66)に直接引き渡した。母の美緒さん(37)は「よっちゃん、よかったね。本当に生きて会えるなんて」と大粒の涙。理稀ちゃんの意識は、しっかりしていたという。

 搬送された山口県柳井市の周東総合病院で診察した竹ノ下由昌医師は「脱水症状があったので点滴したが、健康には問題ない。生命力が強いなと思った」と話した。診察時は「ヤダヤダ」と泣くなど元気な様子で、美緒さんにだっこをせがんでいたという。

 気象庁によると、12~14日は周防大島町は晴れの日が続き、最高気温は約34度で最低気温は約24度。平年より2度ほど高かった。降雨はなかったが、15日は朝から断続的に降っていた。

 理稀ちゃんは周防大島町の曽祖父宅に12日午前に帰省。曽祖父宅から約400メートル離れた海岸に海水浴に行くため、正憲さん、兄(3)と3人で出発した。曽祖父宅を出て約100メートルの地点で一人だけ引き返し、直後に行方不明に。8月13日に2歳の誕生日を、一人きりで迎えていたとみられる。

 県警などは連日、150人規模の態勢で捜索。14日午後には、美緒さんが公共用スピーカーで「よっちゃーん、お母さんだよ。早く出てきて」と何度も呼び掛けており、放送を聞いていた近所の農業・小村忠士さん(79)は「しょうすいしきったような声だった。お母さんの願いが届いた」とほっと胸をなで下ろしていた。

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 理稀ちゃんが3日ぶりに発見されたことに、専門家の間でも驚きが広がった。

 医療ジャーナリストの田中皓氏は「人は水さえ飲めれば、幼児であっても何日かは頑張れるもの。なぜなのかは分かりませんが、沢の周辺にいたのが最大ポイント」と指摘した。現地は最高気温34度の猛暑。「水の近くなら温度も下がるし、木陰もあったなら直射日光を浴びずにすむ」と、偶然山中に迷い込んだことの利点を強調した。

 さらに「あまり動き回らなかったのでは。むやみに動くと体力低下を招きますから」と、理稀ちゃんの行動が命をつないだ可能性も示唆。発見された15日は朝から雨が降っていたが「雨を浴びると気化熱で低体温症になる可能性があった」とし、本格的に雨が降り出す前に救出されたことも評価した。

 一方、大阪市西成区で地域子育て支援をするNPO法人理事の保育士・西野伸一さん(44)は「2歳になったばかりの幼児が3日間も一人で過ごしていたとしたら、考えられないこと」と指摘。西野さんによると、2歳児は食べる、着替えるなどの日常の動作を自分で少しずつ意欲的に取り組み出すのが特徴。大人の手を借りないと難しい面も多いという。

 普通は一人では何もできない年ごろの子どもが、単独で3日間生き延びること自体が奇跡。西野さんは「子どもの生命力の驚異としか言いようがない」と話していた。

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 捜索隊が2日半にわたって発見できなかった理稀ちゃんを山中で救い出したのは、ボランティア“おばたのおじいちゃん”だった。尾畠さんは「小さな命が助かって、本当にうれしかった」と涙を流した。

 行方不明の報道を聞いて、大分県日出町(ひじちょう)から急きょ駆けつけた。町へ到着したのは14日午後。家族とも会い、自身の手で引き渡す決意を伝えた。「1分でも1秒でも早く見つけてあげたい」と、この日は午前6時に単身で裏山に入った。わずか30分後、山口県警などの捜索隊に先んじる形で理稀ちゃんを発見した。

 尾畠さんは40歳で登山を始め、60歳前に由布岳登山道の整備ボランティアを始めてからボランティア歴約25年になる。60代半ばまでは、大分県内で鮮魚店を経営していた。各地で災害が起きるたびに足を運び、遺品探しや泥かきに汗を流してきた。11年の東日本大震災では発生当初から約2年、宮城で復興活動。16年の熊本地震や昨年7月の九州北部豪雨、今年の西日本豪雨が発生した際も被災地に駆けつけた。

 今回は、2016年12月に大分県佐伯市で2歳女児が行方不明になって無事保護された際、捜索に参加した経験が生きた。「子どもは上に上がるのが好き。下ることはない」と確信。経験と自身の勘で、山中の遭難現場へ一直線。発見後は約束どおり、自らの手でタオルにくるまれた理稀ちゃんを母に手渡した。報道陣には「(合流した)警察が『渡してください』と来たけど『イヤです』と言った。警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」と豪快に笑った。

 「きょうは尊い命が助かってよかった。元気な間はボランティアを続けて恩返ししたい」と今後も人助けのために全国を走り回るつもりだ。

 柳井署の安永孝裕署長は、尾畠さんに感謝状を手渡した。

 ◆理稀ちゃん発見までの経過

 ▼12日 理稀ちゃんが母親・美緒さんらと山口県周防大島町の曽祖父宅に帰省。午前10時半ごろ、祖父らと海水浴に向かう途中で一人だけ引き返し、行方不明に。通報を受けた県警が捜索開始

 ▼13日 誕生日を迎え理稀ちゃんが2歳になる

 ▼14日 県警などが約150人態勢で捜索を続ける。母親も屋外の公共用スピーカーを通じ「早く出てきて」と連呼

 ▼15日 午前6時半ごろ、不明になった現場近くの山中で捜索ボランティアの男性に無事発見される

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