【#平成】〈21〉もしあなたが裁判員に選ばれたら…経験者の96%「やってよかった」

スポーツ報知
裁判員の経験を語った(左から)田口真義さん、市川裕樹さん、古平衣美さん

 天皇陛下の生前退位により来年4月30日で30年の歴史を終え、残り1年を切った「平成」。スポーツ報知では、平成の30年間を1年ごとにピックアップし、当時を振り返る連載「♯(ハッシュタグ)平成」を掲載する。第21回は平成21年(2009年)。

 憲法で定められた三権のうち、「司法」に大きな変革があったのが平成21年5月21日。「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」いわゆる裁判員制度が施行され、それまでは“プロ”のみによって開かれていた裁判に、一般国民が裁判員として参加するようになった。裁判員経験者の証言や法曹関係者の言葉などから、裁判員制度が司法の現場に与えた影響や課題などに迫った。(高柳 哲人)

 いきなり書面で裁判所に呼び出されたかと思ったら、殺人犯を見下ろす形で座り、その罪を裁く可能性も―。一般の国民が参加する裁判員制度は当初、戸惑いを持って受け入れられた。開始前に最高裁判所が行った意識調査によると、参加に前向きと答えていたのは、わずか16%ほどだった。

 10年5~6月に殺人未遂罪の裁判に参加した古平衣美さん(45)も「行きたくないけれど、行かないといけないという気持ちでした」と振り返る。参加後は「やってよかった」「後悔している」の両方の気持ちに揺れながら、現在は「一巡りして、やってよかったと思っている」という。理由の一つには「裁判員ならでは」の経験があった。

 医療関係の仕事をしていた古平さんは、被告が使用していた薬について法廷で質問をした。その内容に裁判官が関心を持ったという。「後になって裁判官に『我々も、知らないことがあるんです』と言われました」。結果的に量刑に影響したかは不明だが、裁判員でも判断材料を提示できたことが印象的だった。

 「裁判員を経験する前から『やりたくない』と言うのはおかしい」と強調するのは、11年に英会話講師殺害事件で裁判員を務めた市川裕樹さん(40)だ。12年4月に無期懲役が確定した市橋達也受刑者(39)は公判中「ずっとうつむいていた。目が合ったという印象はなかった」。世間的に注目された裁判でもあったが、振り回されることもなかった。

 「自分自身に関係すること以外で真剣に考える機会は、人生でほとんどない。裁判員の経験は貴重な機会で、他人への思いやりや優しさが身につくのではないかと感じました」。それだけに、尻込みしている人には「自分の心が豊かになるきっかけになる」と勧めたいという。

 確かに、現在も裁判員は“食わず嫌い”の傾向がある。最高裁が17年に行った裁判員経験者へのアンケートでは、裁判員に選ばれる前は「積極的にやってみたい」「やってみたい」の合計が37%なのに対し、参加後の感想では「非常によい経験と感じた」「よい経験と感じた」の合計が96・3%。ほとんどの人が「やってよかった」と後から思うという結果が出ている。

 それだけに、経験者の生の声が制度の充実には不可欠だが、ここで引っ掛かるのが「守秘義務」の問題。最高裁では守秘義務が課される事項を「評議の秘密」と「評議以外の裁判員としての職務を行うに際して知った秘密」としているが「何がダメなのか分からない」とちゅうちょする経験者も多いという。

 自身も10年9月に保護責任者遺棄致死罪の事件で裁判員を経験し、裁判員同士の交流を目的としたグループ「LJCC」を発足させた田口真義さん(42)も「あいまいな守秘義務という足かせで萎縮してしゃべれない人が多いというのは事実」と話す。その一方で、裁判員自身が考え過ぎないことも大切とみている。

 ■参加意欲向上が重要

 「たとえば客商売をしている人なら、その顧客の個人情報を話さないのは当たり前。それと同じだと思います。『プライバシーに関わることはアウト』とふんわり考えるのが現実的ではないでしょうか」。裁判員として参加しやすくする環境作りを国が行うと同時に、経験者も含めた国民の意識改革が必要と考えている。

 裁判員制度に詳しい菅野亮(すげの・あきら)弁護士は制度が始まった当初、国民が裁判に参加することに懸念を抱いていたという。「法律に関するバックグラウンドや裁判の段取りなどを我々は持っていますが、一般の方々はその知識がない。それが結果として、評議に関わりにくくなるのにつながるのでは…と心配していました」

 だが、裁判員が年を追うごとに積極的に参加するようになっているのは数字からも分かる。評議にかけられる平均時間は、09年の397分から18年(6月末現在)には2倍近い778.7分に増えた。最高裁も「裁判員の方には評議において、十分に意見を述べていただいてきたものと考えています」としている。

 さらに、法曹関係者にも好影響を与えていることもあるという。菅野弁護士は「正直言えば、裁判員制度が始まるまでは量刑を“相場”で考えていましたが、それを見直すきっかけになっていますね」。裁判員からの「前科がないと(量刑が)有利になるのはなぜか?」「(被告が)若いとやり直すきっかけを与えたいから量刑が軽くなるのは?」など、素朴な疑問にハッとさせられたという。

 ただ、裁判員制度が10年を経て「完成形」となっていないことも確か。最高裁は「着実に根付きつつあるものと考えております」とする一方で「より多くの方々に高い参加意欲を持っていただくことが重要」とした。確かに、裁判員の辞退率が09年の53.1%から18年は67.6%と1割以上増えていることは課題といえる。

 菅野弁護士も「『裁判員』という言葉はほとんどの国民が知ることとなりました。ただ、同時に真新しさがなくなり、参加へのモチベーションが落ちていることも事実です」。書証が中心だったものを、国民が参加することで法廷での“現場主義”とした裁判員制度を、菅野弁護士は「裁判を生き生きとさせた」と表現。「これを守るためにも『司法を支えるのは法曹界ではなく国民の意識』という考え方を育てていく必要があると思います」と話した。

 ◆裁判員制度 国民が裁判員として刑事裁判に参加し、裁判官と共に評議をする制度。2004年5月、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し、09年5月からスタートした。死刑、または無期懲役にあたる罪に関わる事件などの裁判が対象となる。毎年、各地方裁判所ごとに20歳以上の住民をくじで選んで候補者名簿を作成。その中から事件ごとに裁判員候補者を選定し、「呼出状」を送付する。呼出状を受け取った者のうち、辞退希望者などを除いた人たちが選任手続期日に裁判所に集まる。この中から裁判長が面接等を行い裁判員6人と、必要な場合は補充裁判員も選任する。裁判員、補充裁判員には1日当たり1万円以内の日当と交通費が支払われる。

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