平昌の今、スタジアム撤去や施設閉鎖で五輪の面影なし…東京で問われる五輪への姿勢

スポーツ報知
平昌のメインスタジアムの跡地には聖火台が取り残されたように残っていた(大島裕史さん提供)

 北朝鮮が参加するなど競技以外の話題も多かった平昌冬季五輪(2018年2月9~25日)から1年がたった。男子フィギュアスケート・羽生結弦の連覇など、様々な競技で感動が生まれた大会だったが、その発信源となったメインスタジアムは、既に撤去され、五輪の面影はない。韓国のスポーツ事情に詳しいスポーツライター・大島裕史さん(57)は大会後に現地を再訪。目の当たりにしたのは2020年東京五輪を控える私たちへの教訓だった。(甲斐 毅彦)

 総事業費約1200億ウォン(約118億円)を投じて建設された平昌の五輪スタジアムは、今はもうない。変わらぬ寒風が吹く中で、だだっ広い更地が広がっている。開会式のクライマックスで、バンクーバー五輪の女子フィギュアスケート金メダリスト・金妍兒(キム・ヨナ)さんが点火した聖火台だけは、取り残されたかのように立っている。

 「昨年9月に見に行った時点で、既に野ざらしの中にある給水塔のようでした。スタジアムが仮設だったとはいえ、五輪の余韻があるうちは残しても良かったのではないでしょうか。維持費がかかってしまうので、すぐに潰したのかもしれませんが…。平昌五輪は、冬の日の『一瞬の幻』だったのではないか、と思います」

 跡地には総合運動公園として整備して、園内に平昌五輪の記念館を造る計画だという。平昌五輪組織委は、記念財団を設立し、619億ウォン(約60億円)の黒字だったという大会の余剰金を公園整備費に充てるとしているが、実際にはその予算のメドが立っていないという。

 「元々スタジアム周辺の横渓(フェンゲ)は、ファンテ(黄太、スケソウダラを干したもの)以外には観光資源が特にない所です。ここに記念館を造っても人が来るでしょうか。スタジアムから市外バスターミナルまでの徒歩10分の道が中心地で、ソウル並みに若者向けの店もそろっている所ですが、人通りがほとんどありません。コンビニの店主も暇そうにしていました。何もない所に五輪という一瞬の花をパッと咲かせた、ということです」

 仮設は花と散り、新設は“お荷物”になり、放置されている。男子スケルトンで、尹誠彬(ユン・ソンビン)が、スケート競技以外では韓国初となる金メダルを獲得して韓国中が沸いたが、会場となったアルペンシアスライディングセンターは、運営費がかかってしまうため、閉会後一度も使用されず施錠された状態。せっかくの施設が使えぬ尹ら選手たちは海外での練習を余儀なくされているという。

 小平奈緒が、女子スピードスケート500メートルで金メダルを獲得した江陵オーバルも氷を張る費用がかかるとの理由で閉鎖中。大会終了後に自然林を復元させるはずだったアルペン競技場も野ざらし状態だが、競技関係者や地元から残置を求める声が上がり、山林庁などともめている。大会後も冬季スポーツの競技人口は増えていない。

 「小さな町でコンパクトにできた良い大会だったとは思います。ただ、そのための無理がいろんなところでたたってきています。北朝鮮問題を何とかしたい政治家も、お金もうけをしたい人も、一瞬の利権のために動いたわけですから。そこにスポーツ選手への尊敬はない。韓国ではソウル五輪(1988年)から平昌五輪までの30年間が平成の30年に近いですが、(無理が生じる)少数精鋭の“育成・強化体制”は限界なんです」

 五輪のレガシー(遺産)をどう伝え、選手の強化や育成普及につなげるか。規模は異なるが、ポスト平昌の韓国が抱えている問題は、東京五輪を目前にする私たちが真剣に考えなくてはいけないテーマだ。約1600億円かけて新設する新国立競技場は、大会終了後の球技専用に改修予定だが、既に維持・運営を不安視する声が上がっている。

 「大会が終わってからどうなっているかで、その国の五輪やスポーツに対する姿勢が見えてきます。五輪という花を咲かせたなら、終わった後も実が成り、小さくても花を咲き続けるようにするべきでしょう」

 ◆大会後に不祥事が次々発覚

 更地となった開閉会式会場の跡地では今月9日に平昌五輪1周年の記念式典が行われ、李洛淵首相やIOC関係者が出席し、聖火台には火がともされた。またフィギュアスケート会場となった江陵(カンヌン)市アイスアリーナでは金妍兒さんらが参加した祝賀イベントも行われた。

 とはいえ、五輪の余熱が既に冷めてしまっていることは否めない。五輪を強化普及につなげる策がなかったことに加え、大会後の不祥事が多すぎた。女子アイスホッケーの南北合同チームを率いて脚光を浴びたカナダ人女性監督は選手たちが「再契約ならボイコット」と集団行動に出て辞任に追い込まれてしまった。「メガネ先輩」で話題になった女子カーリングではパワハラ問題が発覚。お家芸のスピードスケート女子ショートトラックでは、金メダリストが、男性コーチによる性暴力を告発したことを受けて、韓国体育会長が謝罪した。ソウルと江陵を結ぶ高速鉄道KTXは12月に脱線事故を起こした。

 江原道庁は2021年の冬季アジア大会の南北共催を提案し、施設を使おうとしているが、実現するかは未知数だという。

 ◆大島 裕史(おおしま・ひろし)1961年7月7日、東京都生まれ。57歳。明大政経学部を卒業し、93年から2年間、韓国・延世大学韓国語学堂で韓国語を研修。帰国後ジャーナリストとして活動。著書に「日韓キックオフ伝説」(実業之日本社、集英社文庫)「魂の相克」(講談社)など。

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