東京五輪で導入の「顔認証システム」関係者30万人を“顔パス”

スポーツ報知
国内のコンサートでも活用された顔認証システム

 東京大会では五輪史上初めて、警備で「顔認証システム」が導入される。NECが開発した「NeoFace」は選手、関係者、ボランティアら30万人以上の顔情報を事前登録。会場などの出入り口通過時に、顔をカメラに見せるだけで自動的に本人かどうか照合する仕組みだ。一般観客への導入は見送られたものの「なりすまし」などの不正防止、セキュリティーチェックの効率化、コスト削減などあらゆる効果が期待できる。(樋口 智城)

 関係者・報道陣の出入り口にはゲートすらなく、顔を読み取る機械だけがある。顔情報が含まれたIDカードをかざし、AI搭載のカメラに顔を近づけて本人であることが確認されれば「GO」の文字が表示される。これまではスタッフによる目視確認だったことを考えると、警備は一気に進化する。

 「顔認証」はメインスタジアムの新国立競技場、計43か所の競技会場のほか、選手村、プレスセンター、IOC委員が宿泊するホテルなどに計数百台、設置される予定。選手、関係者、ボランティア、報道陣を含めた30万人以上の本人確認に使われる。運用するNECの担当者は、これまでの目視確認では6~7割しか判別できないという研究結果が出ていることを明かし「ましてや日本人が外国人を判定するのは慣れていないだけに、飛躍的な進歩だと思いますよ」と胸を張った。

 五輪が抱える2つの課題を解決する。1つ目が「なりすまし入場の防止」。72年ミュンヘン大会では、パレスチナ武装組織が選手村に侵入し、イスラエル選手団11人を殺害。96年アトランタ大会も会場近くの公園で爆弾テロが起き、民間人2人が死亡した。組織委関係者によると、前回のリオ大会でも「知り合いの記者に借りたパスで入ろうとして追い出された」などモメごとが頻発。大事件につながりかねない「部外者の五輪施設への侵入」は警備上最大の懸念だった。

 2つ目は「行列発生のリスク削減」。本人確認にかかる時間は0・3秒。関係者によると、電車の改札のような速さをイメージしているという。従来よりチェックにかかる時間を約3分の1に短縮できると推定されている。本人か否かを判別する確率は99・7%。0・3%の失敗は「本人が本人と認識されず、チェックポイントを通過できなかった」事例だ。NECは過去30年にわたる運用の歴史上、一度も「他人を誤認識して通してしまった」ことはないという。

 東京大会は五輪では珍しく「オリンピックパークがない」という特殊事情を抱える。過去のほとんどの大会は競技場を1か所に集中させたパークが存在。関係者はパーク用の入場ゲートを通過さえすれば、ほとんどの会場に移動が可能だった。だが、今回は都心のド真ん中に競技場があるため「パーク」がつくれず、競技場が分散。会場ごとに本人確認システムを設けざるを得なかった。過去最大に膨れ上がったチェックポイントで円滑に大会を運営するには、従来の「目視」では時間がかかり過ぎるのだ。

 さらには、機械化による警備スタッフの削減、暑い夏での行列による熱中症を防止する効果も。組織委の岩下剛警備局長は「セキュリティーの負担が大きくなる大会。確認作業を円滑にするシステムが必要だった」と採用理由を説明した。日本の誇る技術力が、五輪成功の立役者になるかもしれない。

 NECの「顔認証システム」は現在、世界40か国で運用されている。どのように認証されるのか? なりすまし被害は絶対に防げるのか? 担当者に聞いてみた。

 ―普段はどんなところで使われているのですか。

 「海外では国際空港の出入国や、イベントでのセキュリティーチェックなどに生かされています。ももいろクローバーZ、宇多田ヒカルさんのコンサートのお客さまの入場時にも使われていますね」

 ―どういう仕組みですか。

 「あらかじめ顔認証用の撮影と登録を行い、その情報が電子チップに入ったIDカードを渡します。写真はスマホで撮ったレベルでもOKです。本人確認時は機械にIDをかざし、AI搭載カメラで顔を撮影。実際の顔とIDの情報を瞬時に照合していきます」

 ―私が悪人だったとして突破方法を考えてみます。まずはペインティングで入場。グレート・ムタぐらいに素顔を分からなくすればイケるはずですが。

 「このシステムは、もともと送られてきた写真画像から目の間隔や鼻の位置など数百点を数値化し、本人かどうかを判定するもの。顔に何をいくら塗ろうが精度は変わりません。眼鏡をかけても髭(ひげ)を生やしても同じです」

 ―双子なら入れ替われるのでは。

 「一卵性双生児は似た顔にはなりますが、全く同じというわけではありません。数百という判別点があれば、どこかは引っかかって別人と判定されます」

 ―登録した写真を持ち込んで、本人の顔としてカメラにかざして認証させれば。

 「本人と判別してしまう可能性がありますが、そばに必ず警備員が立っていますから。写真を持ってピッピしてたら、さすがに取り押さえられますよ」

 ―警備員のハードチェックさえ何とかしのげれば成功…。

 「しません。認証中に動きがないとダメな設定にすることができるんです。目を一度閉じたりとか。そうなれば写真もアウトですね」

 ―では最終手段。手間ヒマかけて整形します!

 「膨大な判別点の全てを誤差なしで変えるなんて無理ですよ」

 ―だったら、どうすればゴマかして入れるんですか!

 「怒るところが違う気がしますけど…。問題があるとすれば、実際に顔をAIカメラに写す瞬間。マスクやサングラスをすれば、判別点が減るので精度は下がります。光の加減で顔には影ができます。ただ、この場合は『本人が本人と認識できないから中に入れない』だけで『他人が本人と認識されて入れる』わけではありません。もう一回やり直してもらうだけです」

 ―ギブアッ~プ!

 「本番でも、ぜひ期待していてくださいね」

 ◆ミュンヘン五輪テロ事件 1972年9月5日、パレスチナ武装組織「黒い九月」がイスラエルを標的に実行したテロ。メンバー8人が五輪選手村のフェンスを乗り越えて侵入し、イスラエル人コーチとレスリング選手を殺害。同国重量挙げ選手ら9人の人質は、逃亡用ヘリコプターで西ドイツ警察と銃撃戦の末に全員が殺された。警官は1人死亡、テロリストは5人死亡、3人逮捕。五輪は全競技中断の後、6日午前のイスラエル選手団の追悼式を経て同午後4時50分に再開された。

 ◆アトランタ五輪爆破事件 大会期間中の1996年7月27日深夜、五輪公園の屋外コンサート会場で爆弾が爆発し2人が死亡、111人が負傷。警察は元米国陸軍兵士で白人至上主義者のエリック・ルドルフ容疑者を指名手配。7年後の03年に逮捕され、終身刑の判決を受けた。

 ◆成田空港でも来春から採用

 成田空港はNECの顔認証技術を利用した新しい搭乗手続き「OneID」を20年春から始める。搭乗予定者は空港でチェックインなどの最初の手続き時に顔写真を登録。その後の手荷物預け、保安検査、搭乗ゲートなどの手続きで、従来必要だった搭乗券やパスポートを提示せず「顔パス」で通過できる。世界の空港ではアトランタ、シンガポールに続く3番目の採用。東京大会と同じ「NeoFace」を使った技術だ。

 ◆「ドローン」使った顔認証警備は断念

 NECは他にも“顔認証警備”を検討していた。「一般観客の入場時」は、組織委がチケット転売を認めたことで廃案に。転売の度に入場者の顔写真を撮り直す必要があるからだ。「ドローンを駆使した警備」はテロリストら犯罪者の顔情報などを基に、ドローン搭載カメラが顔認証を駆使して不審者を発見する仕組みだった。関係者は「飛んでいるドローンが警備のためなのか、犯罪者が飛ばしたものか見極めが難しい」と断念理由を説明した。

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