【東日本大震災から8年 新時代へ】(上)「ラグビーの釜石」世界へキックオフ

スポーツ報知
岩手県釜石市鵜住居

 2011年に発生した東日本大震災は11日で8年を迎える。1064人の死者・行方不明者(市発表)を出した岩手県釜石市。昨年7月に完成した鵜住居(うのすまい)復興スタジアムを中心に、街は再び活気を取り戻そうとしている。同スタジアムでは7月27日にラグビーの日本代表対フィジー戦が行われ、その後のラグビーW杯日本大会ではフィジー対ウルグアイ(9月25日)など2試合が予定されている。新日鉄釜石の日本選手権V7連覇で語り継がれる“ラグビーの街”の新たな物語が幕を開ける。(久保 阿礼)

 9月20日開幕のラグビーW杯まで200日を切り、釜石市や鵜住居復興スタジアム周辺のインフラは急ピッチで整備が進められている。

 3月9日に、復興支援道路の東北横断道釜石秋田線が全線開通。釜石―花巻両市役所の移動時間は11分短縮され、85分となった。同23日にはJR山田線で不通だった宮古―釜石間(55・4キロ)が開通し、三陸鉄道リアス線として8年ぶりに復旧する。鵜住居駅では、同午前11時52分~57分まで1号列車が停車。ラグビー日本選手権7連覇(1979~85年)を達成した新日鉄釜石、そのDNAを受け継ぐクラブチーム「釜石シーウェイブス」(SW)を応援する際に使われた「大漁旗」を振って出迎える。

 「昨夏にスタジアムが完成して、いよいよここでW杯を開くということが目に見えてきた。市民のみなさんもより現実的になってきたのではないでしょうか」。釜石SWの桜庭吉彦GM兼監督(52)は目を細める。大会直前にはオーストラリアの高校生が釜石市での試合を希望していることから、その支援や子供たちのラグビー教室なども行う予定という。「大会前後は多くの人が訪れてくれるでしょう。復興に向けた釜石の姿を世界、日本に発信したいと思います」

 「鉄は国家なり」と言われた時代があった。鉄の生産量そのものが国家の力を表す―。近代製鉄発祥の地でもある釜石市は60年代、人口は約9万2000人を超えていた。だが、産業構造の転換や少子高齢化の影響などで現在は約3万4000人まで減り、4割を65歳以上の高齢者が占める。W杯が開催される東京、横浜市など全12都市のうち釜石市は最も規模が小さい。面積は横浜市とほぼ同じだが、人口は100分の1程度に過ぎない。

 釜石招致に尽力したW杯推進本部事務局主幹の増田久士さん(56)はこう強調する。「まいた種がもうすぐ芽を出すと思います。これは大きなチャンス。横浜、東京と並んで『釜石』の名前を世界に発信できますから」。各国代表の事前合宿はウルグアイ(北上市含む)、カナダが決まり、宮古市にはフィジー、ナミビア(盛岡市含む)が訪れる。現在、白い煙が上がる新日鉄住金釜石製鉄所近くの周辺ビルには、各国代表ユニホームや大漁旗が掲げられている。

 「W杯どころじゃない」。招致前はそんな声も少なからずあった。「でも、手を挙げなければ絶対、来ない。みんなで希望を作ろう」。震災から2015年3月に開催都市に決まるまで、釜石は“スクラム”を組んで少しずつ前へと進んだ。

 震災から8年、新しい釜石の物語が始まろうとしている。増田さんは言う。「もし開催都市に選ばれなかったらどうだったのかを想像すると、少し怖いという思いもあります。今度のW杯は『釜石のラグビー』が花を咲かせる途上にある出来事だと信じています。『もう1回、ラグビーで日本一になる。強くなるんだ』という気持ちがある。だから、みんな頑張れるのだと思います」

 ◆津波被害から復活 復興釜石新聞発行770号超え

 週2回発行する「復興釜石新聞」。前身の「岩手東海新聞」は東日本大震災の津波で本社と輪転機が壊れ、休刊に追い込まれた。だが、記者らは3か月後に同紙の発刊を決めた。1部130円、月1000円で市内は約4000部、市外では東京などに150部を郵送する。

 川向(かわむかい)修一編集長(66)は「社員は10人。40代が2人、50代が2人、残りは60代で人手不足です」と明かす。取材を受けることも多いが、「『このデジタルの時代に、紙の新聞は大変ですね』って言われます(笑い)」。だが、2年前に市内の「セブンイレブン」1店から「ぜひ置かせてほしい」という強い要望もあった。同店での販売も始め、震災後からの発行は770号を超えた。

 川向さんは釜石南高から明大文学部に進学。ラグビー部で新日鉄釜石に進んだ森重隆さん(67)、松尾雄治さん(65)は同窓だ。卒業後に岩手東海新聞に入社し、市政や新日鉄の7連覇などを取材した。「少しずつ街がW杯に向けて動き出してます。特に若い世代のラグビーを通じた国際交流とか、そういう取り組みが実りつつありますね」。編集長の目でもラグビーによる復興を実感している。

 ◆津波で流されたボールなど展示 鵜住居駅前の広場は「うのすまい・トモス」と名付けられ、追悼施設「釜石祈りのパーク」などが建設される。木のぬくもりが感じられる津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」では、津波で流された新日鉄釜石のラグビーボールや1996年のセンバツに初出場した県立釜石南高(現・釜石高)の硬式球、全壊した唐丹小学校の黒板や携帯電話などが展示される。

 ◆釜石市 岩手県の南東部、三陸復興国立公園の中心に位置する。約88%が山地の北太平洋をのぞむ港町で、人口は約3万4000人。漁業や近代製鉄の発祥の地として有名。1980年代に新日鉄釜石がラグビー日本選手権で7連覇を達成し「北の鉄人」と呼ばれ、早大や明大などが釜石で練習試合を行った。東日本大震災では約3割の家屋が倒壊し、死者・行方不明者は1000人を超えた。2015年に橋野鉄鉱山・高炉跡が世界遺産登録。主な出身者にミステリー小説家・沢村鐵(てつ)さん、Jリーグの大宮アルディージャなどで監督を務めた三浦俊也さんら。

 ◆鵜住居復興スタジアム 震災前に鵜住居小、釜石東中があった場所に建設された。着工は17年3月15日で、18年7月末に完成。収容人数は6000人(W杯時は1万席の仮設席を設置)。全体の整備費は49億円。メインスタンドの座席は東京ドーム、熊本県営陸上競技場、旧国立競技場から寄贈された600席を「絆シート」と名付ける。周囲の自然と調和したスタジアムでハイブリッド天然芝を使用。W杯は9月25日にフィジー対ウルグアイ、10月13日にナミビア対カナダの計2試合を予定。日本代表は7月27日、フィジーと対戦する。

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