【東日本大震災から8年 新時代へ】<下>震災をきっかけに宮城県がワタリガニ天国へと大変貌

スポーツ報知
ワタリガニのパスタを手に笑顔の久保田靖朗さんと店舗マネジャーの加藤真子さん

 2011年の東日本大震災を境に宮城県の海で不思議な現象が起きている。地元で全くなじみがなかったワタリガニが大量発生。10年には2トンに過ぎなかった宮城県内の漁獲量は、震災直後から急増し、17年には716トンと震災前の約360倍を記録した。西日本を中心に食されてきたワタリガニが、なぜ唐突に取れ出したのか。11日で震災から丸8年を迎える被災地で発生した摩訶(まか)不思議なミステリーに迫った。(樋口 智城)

 震災をきっかけに、宮城がワタリガニ天国へと大変貌を遂げていた。2011年以前、県内のワタリガニの漁獲量は毎年ほぼ1ケタ台。ところが震災翌年の12年からいきなり増え始め、15年には518トンで初めて日本一に輝いた。同年から3年連続でトップを譲らず、17年には716トンと震災直前の約360倍。今や国内30%のシェアを誇る一大産地となった。

 宮城県七ケ浜町のカフェレストラン「SEA SAW」代表の久保田靖朗さん(37)は、12年に漁業ボランティアをしたことがきっかけで県外から町へ移住。震災1年後の漁師の様子について「刺し網で漁をするたびに『またワタリガニが網にかかってくるよ、どうなってんだ?』って驚いてました。当時はワタリガニよりシャコが取れなくなったことを嘆いていたんですが」と振り返る。あまりに取れるので、毎日数個はタダでもらって食べていたという。そのカニの味が忘れられず、現在は16年にオープンした店で「七ケ浜産渡り蟹(かに)のトマトクリームパスタ」をメイン料理として出している。

 もともとワタリガニは、主に西日本で食べられていた海産物。愛知の伊勢湾、福岡の有明海など温暖な湾内に生息するものだった。大量発生は温暖化による海水温上昇も原因の一つだが、近隣の岩手や福島での増減はない。なぜ宮城県だけ増えているのだろうか。

 宮城県水産技術総合センターは「震災による仙台湾の地形変化が大きい」と理由を説明する。津波で海底がかき回され、泥が大量に増加。「ワタリガニは冬場に暖かい泥の中で冬眠し、卵を産みます。湾内が生息しやすい環境になり、定住したのだと思われます」と指摘した。ちなみにワタリガニは泳ぎが上手で、震災前は冬季は仙台湾から暖かい千葉県沖くらいまで移動していたと考えられている。

 今後、宮城の名物になるのだろうか。県の水産振興課は「これまでほとんど取れない食材だったため、食べる習慣がない。地元で消費しないと、ワタリガニ=宮城ってイメージがつかないですよね」。ワタリガニの楽しみ方は韓国料理のケジャンやカニ飯、鍋、酒蒸しなどバラエティーに富んでいるが、1キロ500~600円が相場の宮城では塩ゆで、みそ汁くらい。このため、東京や愛知など大量消費地に“輸出”するケースが多いという。

 県は各自治体にワタリガニのブランド化をアピールしてもらうことを期待しているが、なかなか進まない。昨年5月にワタリガニの試食会をイベントで開いた亘理町の町役場は「今後ずっと安定供給できるか分からないから、PRに踏み切れないんですよ。ブランド化直後に、取れなくなっちゃったら目も当てられない…」と嘆く。“ワタリ町”という千載一遇の名前を持つ町ですら、成り行きを見守るしかない状態だ。

 県はワタリガニの生態調査を昨春から開始したばかりで、結果が出るのは2021年。牛タン、ずんだもちなどに並ぶ名産品に成長するには、少なくとも東京五輪の後まで待つ必要がありそうだ。

 ◆ワタリガニ 別名「ガザミ」。菱形で青っぽい甲羅に大きなはさみを持ち、体長は15センチほど。一番後ろの足が平たく、オールのように使って海底を渡るように泳ぐ。海岸から30メートルほどの浅瀬の泥地で生息。産卵期は初夏から秋。メスは秋から冬にかけて内子が充実している。オスは7~10月が旬となる。真冬は泥に潜って冬眠、取れなくなる。

 ◆カキ、ホタテは激減

 震災とともに増えた海産物は他にもある。代表的なものは「ヒラメ」。原発事故の影響で13年まで宮城沖で取れたものが出荷制限が禁止された影響で、15年には1698トンと10年の5・6倍になった。漁業関係者は「身も以前より太って、味もおいしくなった」と話す。

 対照的に、減った水産物もある。松島産が有名な「カキ」は、震災で経営する養殖業者の数自体が809から364に半減。比例して生産量も半分となった。「ホタテ」は昨年度、貝毒の影響で水揚げ量は前年度比約3100トン減の約4200トンに急落。韓国が東北6県の貝類などの水産物を輸入禁止にしているため、ホタテ関連業者が北海道へ流れたことも不振に拍車をかけている。

 石巻港で水産物を扱うマルセ秋山商店では、養殖水産物の不振が直撃。損失を補う目的もあり、昨年からワタリガニの販売を始めた。同社の秋山繁専務は「かなり取れるとのウワサが広まってきていたので、ものは試しと少しだけやってみました」と事情を説明する。

 現在、復興庁が支援するクラウドファウンディングを利用。100万円を目標に資金を集め、ワタリガニ専用冷凍施設を作る予定だ。「最近はワタリガニも、漁師さんの間で『禁漁期を作るべき』などの資源保護のルールも議論されてきているところ。このままずっと取れるよう、産業として成長していってほしい」と期待を込めた。

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