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盗用問題で揺れた芥川賞…北条裕子さん「美しい顔」落選は当然なのか?

2018年7月19日11時30分  スポーツ報知
  • 18日の第159回芥川賞選考会後、9人の選考委員を代表して、選考経過を説明する島田雅彦さん

 ここ数年、芥川賞と直木賞の選考会を現場で取材してきた。それでも選考委員の会見で、これほど一つの作品に関する質問が集中したのは初めての経験。それも落選作への質問がこれほど相次ぐとは…。

 18日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれた第159回芥川賞と直木賞(日本文学振興会主催)の選考会。芥川賞には高橋弘希さん(38)の「送り火」が、すんなり選ばれた。

 しかし、9人の選考委員の代表として現れた島田雅彦さん(57)の会見は、候補になったものの東日本大震災に関する記述に参考文献が掲載されていなかった問題が浮上、今回落選となった北条裕子さん(32)の「美しい顔」に関する質問が集中した。

 「第1回の投票で高橋さんが過半数を占めました」と明かした島田さんだったが、集まった約80人の記者の質問は、いきなり「北条さんの落選は、やはり盗用疑惑が影響したのでしょうか?」からスタートした。

 「この件に関しましては、すでに場外乱闘といいますか、いわゆる盗用問題がネット上でも問題になり、盗用されたノンフィション作家、引用元の出版社の間で原則の確認などありました。選考会でも、実際にどの部分がという検証もされました。これだけ皆さんがネガティブキャンペーンも含めて、議論が噴出している中で、それ抜きの議論はあり得ない」と答えた島田さん。

 ノンフィクション作家・石井光太さん(41)の「遺体 震災、津波の果てに」など複数のノンフィクション作品との類似表現が問題になっていた「美しい顔」。島田さんは「事実には著作権はありませんので誰もが書く自由はある」とした上で、「事実を吟味し、自分の中で換骨奪胎して、フィクションとして昇華する努力が北条さんには足りなかった」と断罪した。

 「各選考委員が状況を把握した上で議論が行われ、盗用は(著作権法違反など)法的問題にまでは至らないとなった。それはわりと(選考委員)共通の認識でした」と島田さん。

 文芸誌「群像」6月号(講談社)掲載時に参考文献を表記しなかったことについても「参照引用した側の誠実さが問題になった。震災に関わる部分がウェイトを占め、そこにリアリティーがあるという評価があった。ノンフィクションや論文とは違い、結局は個々の作家の良心に委ねられる。今回、すごく教訓深い経験だったと思います」と続けた。

 「美しい顔」は津波から逃れ、避難所で暮らす女子高校生が主人公。行方不明の母を捜し、その死を受け止めるまでを描く。自身の美しさを自覚する少女はマスコミの求めに応じては希望を語り、時には涙を見せつけ、高揚感と自己嫌悪に襲われるという物語だ。

 作品は5月に群像新人文学賞を受賞し「群像」6月号に掲載された。直後に「遺体―」など複数のノンフィクション作品との類似点が指摘され、「群像」編集部は主要参考文献の未表記を8月号で謝罪した。群像新人文学賞受賞時に「被災地に行ったことは一度もない」と明かしていた北条さんも今月9日、「作品が、もし新人賞を受賞し、単行本を刊行できるようなことがあれば、その時にそれ(参考文献の記載)をすれば良いと思い込んでしまっていたのは私の過失であり甘えでした」とコメントを発表、謝罪した。

 「遺体―」の発行元・新潮社は「参考文献掲載のみならず、特に酷似した箇所の修正」を要求。盗用報道後、ネット上での誹謗中傷が相次ぎ、講談社は「作品の評価を広く読者と社会に問う」と自社サイトで「美しい顔」を全文公開した。

 石井氏の「遺体―」を新刊発行時に購入。その熱量に圧倒されつつ一晩で読み終えた経験を持つ私自身も実際に読んでみた。

 感想を正直に言おう。この日の島田さんの言葉「選考会では言わなかった私の意見ですが、ミノ虫をそのままミノ虫と使うのは、いかがなものか。そういう不用意な使い方をするから、盗用問題が出てしまったのではないですか」に全く同感だ。

 ◆例1

 北条氏の「美しい顔」=「隙間なく敷かれたブルーシートには百体くらいはあるだろう遺体が整列していて私たちはその隙間を歩いた。すべてが大きなミノ虫みたいになってごろごろしている―」

 石井氏の「遺体―」=「床に敷かれたブルーシートには、二十体以上の遺体が蓑虫のように毛布にくるまれ一列に並んでいた」

 ◆例2

□「美しい顔」=「毛布の端や納体袋のチャックから、ねじれたいくつかの手足が突き出していた」

 「遺体―」=「毛布の端や、納体袋のチャックからねじれたいくつかの手足が突き出している」

 正直、これは“言葉のコピペ”ではないかと思ってしまったし、だからこそ、「美しい顔」関連質問に嫌な顔一つせず答え続ける島田さんに作家としての誠実さを感じたし、その言葉の数々にもうなづけた。

 「事実を知る権利は誰にでもあるが、参照したものに対する態度表明を個々の作家は求められるもの。震災を巡る小説を書く者、誰もが自覚しなければならないこと。その点で、北条さんはフィクション化への努力をすべきだった。その努力が足りないのではないかという議論が出た。丸を付けた選考委員はいなかったが、三角をつけた人が2人いて、2・2ポイント。あとの人は×でした。私も参照されたと言われる部分のチェックはしました。作品としての評価を下すにあたっては震災に関するディテールの処理も含まれています」。

 島田さんは「今回、(選考委員代表として会見に出るという)貧乏クジをひいたな」と取材陣を笑わせつつ、「開高健が(ベトナム戦争を舞台にした)『輝ける闇』を発表した時、三島由起夫が『(ベトナムに)行かなくても書ける』と言った。現地に行って、空気を吸ってくる。見たことの責任、負い目、いろいろな感情を被災地、被災者に対して抱きうるだろう。強烈なモチベーションにはなり得るだろうと思う。(現地に)行った方がいいとは私自身は思います」と続けた言葉にトップ作家の愚直なまでの真摯さを感じた。

 「これは盗用には少なくとも法的にはあたらないと確認しましたけど、それで解決と言うわけではないということ。通例、ノンフィション、論文は付けないとアカデミック・キャリアに傷がつくような問題だけど、小説ではそうしたことをしてこなかった。それでも、個々の良心に基づいて引用した先行著作への敬意の払い方はしてきた。コメント、謝辞を述べるとかはしてきたはず」と北条さん側の配慮の無さも指摘した島田さん。

 「盗用問題がなければ、受賞に至っていたか?」という仮定の質問に対しても「それは分からない。実際、言葉は悪いけど、こうした一連のケチがつかなければ、受賞に至ったかは、実際に(選考委員がどういうアクションをしたか)やってみます」と言うと、腕を組んで、うつむく仕草までする大サービスを見せた。

 最後に「候補(作に挙げるの)もやめればという意見もあった。でも、最終的には根本的な議論をしないと。(芥川賞は)新人賞のくせにこんなに人を集めるビッグネームですから、そういう場に利用できたらと言う人もいました。私ですけど」と笑わせた島田さん。

 島田さんの言葉の数々はコピペ文化全盛のネット社会のど真ん中で生きる私自身にもグサリと突き刺さった。

 想像の翼を広げていいフィクション(小説)とリアルさのみが追求されるノンフィクション(記事)という違いこそあるが、「いかに自分の目で見て、自分の言葉で書くか」が大切か―。そんな記者(表現者)として当たり前の原点に戻らされた築地の夜だった。(記者コラム・中村 健吾)

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