日本的企業形態の終焉を象徴した、東芝カリスマ経営者の「遺言」

2018年1月9日12時5分  スポーツ報知
  • 東芝の名経営者の「光」だけでなく「影」の部分にも踏み込んだ児玉博さん
  • 児玉博著「テヘランから来た男 西田厚聰と東芝壊滅」

 日本の高度経済成長期を支えた総合家電メーカー・東芝は、なぜ凋落(ちょうらく)してしまったのだろうか。企業のインサイドリポートで定評がある大宅壮一ノンフィクション賞作家・児玉博さん(58)が、「テヘランから来た男 西田厚聰と東芝壊滅」(小学館、税込み1620円)を刊行し、“戦犯”と呼ばれた東芝の15代目社長・西田氏の実像に迫った。西田氏が亡くなる約2か月前に児玉さんが行った単独インタビューは、同氏の経営者としての「遺言」とも言える。東芝に、日本企業に、未来はあるのか。(甲斐 毅彦)

 再建への道筋が立たず、もがき苦しんでいる東芝をテーマにした書籍は、世にあふれている。内部告発による粉飾決算の発覚から歴代社長ら役員の引責辞任、株主代表訴訟、関連会社の巨額損失…。これらをなぞっても総花的な企業盛衰史になってしまう。児玉さんは、社長時代に原子力事業に乗り出し、東芝に身をささげた西田厚聰(にしだ・あつとし)氏の人生を追う手法をとった。

 「10年以上前ですが、大企業ながら家族的なほんわかしたイメージがある東芝が米原子炉技術大手を6400億円で買ったり、半導体事業への大規模投資に乗り出すといった、ベンチャー企業の経営者みたいなことをするのが、当時は非常に新鮮に感じました。財界で名門と呼ばれる大企業の社長が果断な決断をすることには、取材をしながら興味を持ちました」

 西田氏は東大大学院で政治思想史を研究するインテリ青年だったが、後に妻となるイラン人女性を追ってテヘランへ。そして現地にある東芝の合弁会社に31歳で採用される。一般の大卒社員よりも約10年遅れて企業人になったにもかかわらず、パソコンの欧州市場を足で開拓。開発した世界初のノート型パソコン「Dynabook」を世界中にヒットさせてみせた。着実に頭角を現して、トップに上り詰めた異端の経営者だ。その波乱に満ちた生きざまが、読者をどんどん引き込んでいくのだが、安直なサクセスストーリーでは終わらない。後継に選んだ佐々木則夫氏との確執、責任のなすりつけ合い…。後半は東芝の凋落と符合するように泥沼の権力争いが描かれている。

 「(2011年3月の)福島第1原子力発電所の事故後、原発への見直しが行われている中で、東芝は原子力事業で約7000億円の特別損失が出た。原子力事業に舵(かじ)を切った西田さんの責任を追及する声もあった。本を出す前に、もう一度西田さん本人に話を聞く必要があると思ったんです」

 インタビューを依頼するため、児玉さんは昨年8月から横浜市の西田氏の自宅に通い始めたが、玄関脇のチャイムを押してもいつも応答がない。後に入手した携帯メールアドレスで、ようやく連絡がつき、取材の承諾を得たが、西田氏は胆管がんと闘病中であったことが分かる。本書の最終章に収まった3時間半のインタビューにこぎ着けたのは昨年10月5日だった。

 「9時間に及ぶ手術をされた後で、非常に回復が厳しいことは本人も知っていたはず。光り輝いていた経営者が人生の諦観というか、何かの境地に達した言葉を言うのかなと思ったら、あにはからんや、自己弁護に終始して、(先代や後継の)経営者を『自分のことしか考えない人間』と断じて、人を責め立てるような言葉しか出て来ない。愕然(がくぜん)として西田さん、何でこんなふうになってしまったの? という苦さが残るインタビューだったんです」

 西田氏はインタビューの2か月後の12月8日に73歳で死去。「遺言」となった最後のインタビューでは、現在の東芝の社員たちへの前向きな言葉は出てこなかった。そして、自身の経営者時代の非を認める言葉も最後までなかった。児玉さんは、それには2つの理由があったと受け止めている。

 「1つは自身が株主代表訴訟を受ける身で、自己正当化の暗示をかける必要があったと思うんです。もう一つは、彼の人生が東芝のために粉骨砕身、身をささげてきた人生であったということ。間違っていた、と言った瞬間に彼の企業人としての人生が崩壊する思いがあったと思うんです。西田さんの訃報を聞いた時には、痛ましい『戦死』だな、と感じました」

 エネルギッシュな昭和の象徴とも言えた東芝の凋落は、カリスマ経営者でも食い止められない必然的なものだったのだろうか。平成も終わろうとしている今、児玉さんは東芝のような事例が今後も出てくることを懸念している。

 「就職して企業という『ファミリー』の一員になる、という日本的な企業の形態が耐用年数(の限界)に来ているんじゃないかと思います。例えば(製品や性能のデータを改ざんした)神戸製鋼や三菱マテリアルの不正も、内部だけの事情でやっているから出てきてしまうわけで、グローバル化した企業だったらそうはいかないですよね。西田さんの死というのは、そんな時代が終焉(しゅうえん)を迎えた象徴だったんじゃないかと思います」

 ◆児玉 博(こだま・ひろし)1959年11月6日、大分県佐伯市生まれ。58歳。早大卒。フリーランスとして企業のインサイドリポートを発表。2016年に「堤清二 罪と業 最後の『告白』」で大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞。著書は他に「“教祖”降臨 楽天・三木谷浩史の真実」「幻想曲 孫正義とソフトバンクの過去・今・未来」「日本株式会社の顧問弁護士 村瀬二郎の『二つの祖国』」など。

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