「何で私がインド住まなあかんねん!」投稿生活から芥川賞作家に…石井遊佳さんの数奇な人生

2018年3月20日12時0分  スポーツ報知
  • 「百年泥」で芥川賞を受賞した石井遊佳さん

 今年1月に芥川賞を受賞した「百年泥」(新潮社、1296円)。著者の石井遊佳さん(54)は、本格的な投稿生活開始から20年、100作以上の小説を書いた末に17年に同作でデビュー、そのまま文学界最高峰の栄誉まで授かった。現在はインド在住の日本語教師。「何でインド住まなあかんねん」と思っていた著者が、インドを舞台にした小説を書くに至った経緯とは…。(樋口 智城)

 デビュー作で芥川賞受賞の快挙。大阪生まれの気鋭の作家は、受賞の知らせをインド・チェンナイの職場で聞いた。

 「ダンナと2人、日本語教室で働いてまして。知らせが携帯電話に届いた時はオフィスにいて、喜びで2人で踊っちゃいました」

 え? 踊る?

 「ダンナとオクラホマミキサー。マイムマイム踊りかけた瞬間に、あーこんなことしてる場合ちゃう、日本帰る手続きせなって…」

 むむ? もしかして、ヘンな人ですか?

 「まあ…。踊ってるの見た周りのインド人から『前からオカシイと思ってたけど、とうとうキタか』みたいな目で見られました」

 「百年泥」は自身と同じ、インドに住む日本人教師の女性が主人公。100年に一度の大洪水、橋に乗り上げた泥から行方不明者や日本で飲んだ酒のボトルなどが出てくるという、リアルと幻想が入り交じる不思議小説だ。「思っていることが隅々まで書けた」と話す一冊。だが、ここまでの道のりは平たんなものではなかった。

 「早大法学部卒業後、就職はしませんでした。働きながら小説書けたらエエなと思って。当時バブルやったんで、稼げたんですよ」

 アルバイト生活のなか、本気で目指したのは菓子職人。2店で修業するも、現場の肉体労働に音を上げ1年もたずに挫折した。その後は百貨店のクレジットカードコーナーや街の金融業、温泉仲居など転々。スナックのホステスも経験した。

 「接客とか人が見られる職業、好きなんですよ」

 33歳の時に「文学界」新人賞の最終選考に残った。それを契機に大阪へ帰り、実家に住みながら本格的な投稿生活に入った。

 「小説を書くためには、調べることも重要。本を2、3冊も読めば理解できるんですが、何冊読んでも分からないのが仏教でした」

 学びたい欲求がMAXに。そこで00年、東大文学部インド哲学仏教学専修課程に学士入学した。02年に修士課程へ。

 「大学院に入ってすぐ、今のダンナと知り合いまして。7つ下だから、今47歳ですかね。彼はサンスクリット語の天才。図書館で偶然会った時に、私に語学教えさせてやろうと思って話したのがキッカケですね」

 04年に結婚。石井さんは05年から博士課程に進んだ。そして11年、東日本大震災。

 「ダンナがネットうのみにして『放射能ヤバイ』ってヌカしだしたんですよ。彼は研究のため向こうで資料集めが必要な時期だったんで『とりあえずネパール逃げよ』って。行ってどないすんねん、なんですけど」

 到着したカトマンズで偶然、現地の日本語学校の校長と知り合った。

 「ネパール人を教えてくださいって頼まれたんで、面白そーだなって思って教師始めました」

 その姿を見て、今度は夫が興味を示した。

 「ダンナ、インドに住みたいと思ってた人ですから、こりゃエエわと。そこで彼一人で先に日本に帰って専門学校通って、教師資格取ったんですよ」

 学校の就職部の斡旋(あっせん)で、IT企業向け日本語教師としてチェンナイ赴任が決定。

 「面接でダンナが私のこと話したら、経験あるんだったらご夫婦で一緒にということに…。何でインド住まなあかんねんと思いましたけど、まあエエかと」

 15年4月、2人で現地に着任。すると同12月に洪水に見舞われた。

 「現地では100年に一度の大洪水と報道されてて。水が引いた後、橋の上に乗り上げた泥を見た時に『ああ、この泥は100年ぶりに人の目に触れたのかも』と思うと不思議な気持ちになって、小説の題材になるかなと思いました。直後に、企業側の都合で2~3か月くらい学校が休みに。その間に一気に仕上げたのが今回の小説なんですよ。それで投稿して新潮新人賞取って、デビューして、芥川賞。そんな感じです」

 想像もしてなかったインド生活を経て、思いもしなかった芥川賞受賞。なかなか数奇な人生だ。

 「人生って、いろんな人とお互い入り込んで、交換しながら交ざっていく。仏教から東大、インドとつながっていき、書きたいと思っていた小説が書けた。振り返ると、やっぱり私たちの人生って、私だけの人生じゃないんだなと思いますよね」

 ◆石井 遊佳(いしい・ゆうか)1963年11月、大阪府枚方市生まれ。54歳。12年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。17年「百年泥」で新潮新人賞を受賞し、デビュー。18年1月に同作で芥川賞を受賞した。インド、タミル・ナードゥ州チェンナイ市在住。

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