虚実入り乱れる情報化社会で、塩田武士さんが切り込んだ「誤報の奥の深さ」

2018年9月18日12時0分  スポーツ報知
  • 「歪んだ波紋」の著者・塩田武士さん。敬愛する松本清張が「戦争」を背負って昭和を描いたのに対し「情報」を背負って現代を描いていきたいと意気込んでいる(カメラ・甲斐 毅彦)
  • 塩田武士著「歪んだ波紋」 

 グリコ・森永事件を題材にしたベストセラー長編小説「罪の声」で山田風太郎賞を受賞した作家・塩田武士さん(39)が、自身初の連作短編集「歪んだ波紋」(講談社、1674円)を刊行した。現代の新聞、テレビ、ネットメディアなどを題材にした5つの物語に共通するテーマは、誤報。虚実の情報が入り乱れて飛び交う情報化社会の歪(ゆが)みに、さまざまな角度から切り込んだ問題作だ。(甲斐 毅彦)

 塩田さんに「誤報」というテーマが浮かんだのは、2016年に実際に起きた誤報事件を知ったことがきっかけだった。ある市役所の臨時職員の男性が「パリで開かれたゲームの世界大会で優勝した」と公表したウソが、新聞の記事になってしまったという一件だ。新聞記者出身の塩田さんは「自分なら間違いなく書いていると思った」と空恐ろしさを感じたという。

 「市役所が、他にも仕事を抱えている市役所詰めの記者に『職員がゲームで世界一』とレク(説明)しましょう、と言って始めたら、どう考えてもそれがウソだとは考えられないと思うんですよ」

 男性は、自身のフェイスブックにもウソを投稿していた。実際には日本にいるのに、あたかもパリの大会に出場しているかのように画像などを添付して見せかけていたところ、ネット上で疑惑が浮上。記者クラブではなく一般市民によって徐々にウソは暴かれていった。

 「市役所に昔からある記者クラブと今日的なSNSの対比がすごく面白いと思いました。『誤報』って奥が深いな、と。このテーマで人間性、社会性、もしくは真実が浮き上がるかもしれないと思い、そこから一つずつ分解して考えたというのが経緯です」

 地方紙を舞台にした1作目の「黒い依頼」は、他紙との競争で疲弊した調査報道チームが、重圧に耐えかねて掲載した虚報による深刻な報道被害が起こるストーリー。「共犯者」では他紙にニュースを抜かれた全国紙記者が、意固地になって誤報を招いた悲劇、「ゼロの影」ではメディアと権力の癒着と隠蔽の実態、「Dの微笑」では事実を面白おかしく伝える情報バラエティー番組の危うさを描いた。そして締めの表題作「歪んだ波紋」で、バラバラだったこれまでの物語が一つにつながり、現代メディアへの問題提起に至る。圧巻の構成力だ。

 「5作目は書き始めると、それまでの短編の登場人物や事象が磁石みたいにくっついてきたんです。(今は)短編集が売れないといわれていて、出すのは本来なら勇気がいることなんですね。でも、最終的に長編を読んだような充実感があれば勝負できるんじゃないか、というのがあったんです」

 各編のタイトルは「ゼロの焦点」「Dの複合」といった松本清張の名作を想起させるものだ。塩田さんが清張作品を読み始めたのは作家を志した大学生の頃だが、小学校入学前からすでに母から清張の読み聞かせを受けていたという。同年代が「ねないこだれだ」とか「いやいやえん」を読んでもらっていた頃に、武士少年の耳元では「人間の悪意」が説かれていた。

 「母が(清張作品)の読書感想文みたいな形で、こんないじめられ方をして復讐(ふくしゅう)すんねん、みたいなめっちゃ暗い話をするんですよ。人間ってこわーみたいな(笑い)。それは間違いなく影響しているだろうな、と思います」

 社会派ミステリーのブームが巻き起こったのは60年前の1958年、清張が出版した「点と線」が原動力になったといわれる。戦前の大衆小説では事件を解決していく主役は現実離れした名探偵だったが、それが刑事やジャーナリストにとって代わり、社会の暗部を描くリアリティーあふれる作品が続々と登場。昭和は水上勉、笹沢左保(いずれも故人)、森村誠一さん…その優れた書き手が活躍した時代だった。平成以降は宮部みゆきさんや高村薫さんが、その系譜を継ぐが、衰退傾向は否めない。

 「出版社に昔ほどの体力がなくなったのが大きいと思うんです。(社会派は)取材に時間がかかる。僕も一年に1本のペースですが、これで食べていくのはしんどいんですね。(娯楽が増えて)皆さんのエンタメに対する目も肥えている。ただ、これを逆手に取って『深さ』を求めることはできると思うんです。それが現状の分析になったり、未来予想図の提示になれば、小説は価値があるって思ってもらえるのではないか。そこで生命線になるのはリアリティーなんです」

 ◆塩田 武士(しおた・たけし)1979年4月21日、兵庫県尼崎市生まれ。39歳。関西学院大社会学部卒。2002年、神戸新聞社に入社し阪神総局に配属。警察、司法、市政などの担当を経て、文化生活部に在職中の10年「盤上のアルファ」で小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。16年「罪の声」で山田風太郎賞受賞。「女神のタクト」「ともにがんばりましょう」「拳に聞け!」「騙し絵の牙」など。京都市在住。

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