【プチ鹿島のプチ時評】「やってる感だけだった説」

2019年2月11日12時0分  スポーツ報知

 先月に引き続き、今回も麻生さんの発言について書きます。慣れたらダメだと思うからだ。

 麻生氏は今月3日に福岡県で「いかにも年寄りが悪いという変な野郎がいっぱいいるけど、間違っていますよ。子どもを産まなかった方が問題なんだから」と発言。

 実は5年前にもまったく同じことを言っていた。当時の新聞を調べると「経済的事情で産めないのは、放置できる話ではない」と麻生氏は2日後に釈明している。

 つまり「産めない」問題にニュアンスを変えていたのだ。しかし、発言が出たのは社会保障について演説していたとき。少子化なので高齢者を支えるために税負担は高くなる。それを避けるためには消費税で負担してもらう以外に方法がない。それは「子どもを産まないのが問題なんだからね」と。ここには「産みたくても産めない」ニュアンスはない。不妊に悩む人や経済的事情で産めない人について考えている気配はない。それどころか産んで国に尽くせと聞こえる。

 そして今回である。麻生発言について「これは失言ではなく本音だ」とか「反省していない」という批判があるが、私は最重要ポイントはそこではないと思う。

 麻生氏が5年前に「経済的事情で産めないのは、放置できる話ではない」と釈明したのに「子どもを産まないのが問題」と再び発言した状況に目を向けたい。

 つまり、麻生氏だけではなく社会も変わっていないことがわかるではないか。5年間の政治の効果がなかったことがわかる。

 麻生氏は「産みたくても産めない社会が問題」と前回釈明したが、「そもそも、そういう社会にしたのは誰なのか」「では、どんな具体策を?」という指摘も5年前にあった。しかし、そのあとも変わっていないことが今回、期せずして確認できた。

 前回の発言は2014年12月に行われた衆院選挙での応援演説で出たものだ。あの選挙ではどんなフレーズが叫ばれたか? 「アベノミクス選挙」である。しかし今では、アベノミクスそのものが国会で問われている。

 この5年間は「やってる感だけだった説」を麻生氏は自ら提示してしまったのかもしれない。(お笑いタレント、コラムニスト)

社会コラム
  • 1
  • 2
注目トピック