元メジャーリーガー・髙橋尚成さん インタビュー
 「すみだから 球音 世界へ スポーツも野球もアートも 夢叶うまち」

2026年9月16日12時00分 スポーツ報知

 プロ野球の巨人や米大リーグで活躍した高橋尚成さん(51)は、生まれてまもなく、墨田区の東端部に位置する立花に移り住み、1982年に北部西端部にできた白鬚東アパートへと引っ越し、少年時代を過ごした。団地の狭いエレベーターホールなどでも「野球を楽しんだ」という少年が、巨人からドラフト1位指名され、海を渡ってメジャーリーガーにまでなる人生の物語は、すみだのまちから生まれた。「すごく大切で、思い出がたくさん」の故郷について聞いた。
    (取材・文=佐々木 良機)

 

すみだの思い出を熱く語る高橋尚成さん。「居心地よく野球に触れ続けられたのは墨田区ならではだったのかな」(カメラ・関口 俊明) すみだの思い出を熱く語る高橋尚成さん。「居心地よく野球に触れ続けられたのは墨田区ならではだったのかな」(カメラ・関口 俊明)

■立花→白鬚東団地

 ―墨田区にはいつから。

 「1、2歳で台東区から移ってきたので物心ついた時から墨田区の記憶しかないんですよ。最初は立花で、小学校に上がるタイミングの1982年に、できたばかりの都営の白鬚東団地に引っ越したんです」

 ―プロに入ってからも。

 「巨人の1年目、寮に入っている時に親父(おやじ)が倒れて、兄貴は自衛隊で遠くに住んでいたので僕が近くで見なくてはと、東京ドームで3連戦がある時は寮長に許可をもらって墨田区から通っていました。だから、いいことも悪いことも思い出は鮮明に残っています」

 ―小学校の思い出は。

 「堤小学校という82年に開校した学校の1期生でした。1号棟から18号棟まである団地の子たちがほぼ通っていたから人数がめちゃくちゃ多くて、仲間との関係性もすごく濃かった」

 ―堤小は2011年に梅若小と統合されて閉校に。今は向島中と鐘淵中が統合された桜堤中になった。

 「校庭がすごく広くて墨田区一なんて言われていましたしね。堤小の時に少年野球チームが2つできて、団地の8号棟から18号棟までの子は僕も含めて堤ベアーズ、残りはもう1チーム。勝負にガツガツするよりはとにかくみんなで野球を楽しむ感じでしたね」

 ―尚成少年はどんな。

 「かなりやんちゃで活発な子でしたよ。いじめっ子ではないけれど、自分が『なんかやるぞー』って言うとみんながわっと集まってくるような。当時は近所付き合いもすごく濃くて、鍵を預け合えるくらいの信用があったから、親に怒られる前に隣のおじさんによく怒られていました(笑)」

 ―当時の仲間たちとは。

 「めちゃくちゃつながっています。一番連絡を取り合うのは当時の堤ベアーズのチームメート。今でも一緒にゴルフしたり。当時から『仲間を大事にする』のをずっと大切にしていて、立場が変わった今でもそれは変わらないですね」

 ―墨田区ならではの野球環境の魅力もあった。

 「僕が小学生の時、一度だけ王貞治さんが球場に来てくれたことがあって、今でも『体がでっかい人だなあ!』って感動したのを覚えています。団地の裏にキャッチボールができる広いスペースがあったり、荒川の土手ですぐに野球ができたり。居心地よく野球に触れ続けられたのは墨田区ならではだったのかなと」

 ―子どもの頃の野球や遊びが今につながっている。

 「それはすごくある。いろいろなことを考えて遊んでいました。団地のエレベーターホールみたいな狭いところで工夫して野球したり、落ちたら絶対にけがするようなギリギリのところを歩いたり。友達同士で競い合いながら体を使って遊んでいたのが、結果的に運動能力も高くなったような気がしますね」

 ―著書の中の「心の制球力メモ」に「感情を動作に置き換えていく」と。野球もスポーツも、見て感じて考えて、そして表現するアートなのかも。

 「それはちょっと分からないけど(苦笑)。でも、アートも野球もさまざまな計算の中で表現されて、そういうのは一緒で、通じるところがあるんじゃないかとは思いますね」

 ―すみだで球音を響かせ、世界へと羽ばたいた。野球少年には希望の星。

 「いやいや。そんなことない(苦笑)。ただ、いまだに僕は墨田区を通していろいろなことをやっているし、生まれ育ったまちというのはすごく大切。思い出が残るまちでもある。スカイツリーができて街並みが変わったけど、昔の良さと今の良さ、そのギャップもまた面白い。ぜひ墨田区民としての誇りを持って、楽しく生きてほしいなと思います」

 ◆高橋 尚成(たかはし・ひさのり)1975年4月2日、東京都生まれ。51歳。墨田区立堤小、鐘淵中、修徳高から駒大、東芝を経て、99年ドラフト1位逆指名で巨人入団。1年目の2000年4月6日の中日戦(ナゴヤD)に先発で初登板初勝利。07年にキャリアハイの14勝、最優秀防御率。10年から米大リーグ、メッツやエンゼルスなどでプレー。14年にDeNAで日本球界復帰、15年に現役引退。NPB通算261試合、79勝73敗15セーブ、防御率3.79。メジャー通算168試合、14勝12敗10セーブ、防御率3.99。左投左打。

 ◇白鬚東アパート

 1923年の関東大震災による震災を教訓に東京都が防災拠点として鐘淵紡績東京工場跡地を買収し再開発。高さ40メートルの高層団地を全18棟(総戸数1869戸)、1.2キロにわたって長大に配置、防火壁の役割を期待されて82年3月完成。今回の「五彩の芸術祭」では周辺を含め会場の一部になっている。

 ■初の著書が好評ユーチューブも

 〇…初の著書「『心』の制球力―天才ではない下町野球少年が、日米球界で16年間戦えた理由」(誠文堂新光社、税別1600円)=下写真=が絶賛発売中。公式YouTubeチャンネル「高橋尚成のHISAちゃん」は登録者数9・47万人で野球解説、野球実演、OB対談を中心に野球の楽しさを伝えるほか、野球の裏側にも切り込み、米国での生活やプライベートなども随時発信している。

 

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