2026年1月15日11時00分 スポーツ報知
「萬満亭」時代を含めるとこの地で50年以上営業する
「両国駅」という名にはちょっとしたワナがある。JRと都営大江戸線の2線が接続しているが、それぞれの駅は最短ルートでも300メートルほど離れている。
地下の大江戸線に沿うように、清澄通りを北へ歩く。左手に横網町公園を望みながら進むと、地域に愛される「中華洋食食堂 あゆた」が見えてきた。
店主・鮎田信二さん(60)が生まれる4年前の1961年に、今は亡き父・充さんが創業。当時の店は約1キロ真南の立川1丁目にあった。74年に現在の石原1丁目に移転。信二さんは小学3年生だったが「今の江戸東京博物館のあたりは青果市場で、清澄通りも路面電車が走っていた。横網町公園は雰囲気が怖くてあまり近づけなかった」と振り返る。
野球少年だった信二さんは古豪・東亜学園高で甲子園を目指した後、調理師学校を経て父の後を継いだ。店の近くには巨人・阿部慎之助監督が学んだ安田学園高があり「出前をしていた頃は毎日校内に行っていた。今でも皆さん常連です」という。
改装後10年でメニューはさらに増えた
2015年に店を大幅改装し、長年の屋号「萬満亭」も変えた。「以前は男性客が9割だったけど、女性が相当増えました」。店名に「中華」と「洋食」を掲げるだけあって50種類以上の多彩なメニューが並ぶ。
それから10年。両国の街は外国人が激増した。信二さんは「蔵前や清澄白河のように、オシャレなカフェや雑貨店ができて若い人が増えるといいですね。両国に来た人が江戸博だけ見てそのまま帰らないようにしないと」と腕まくりした。
清澄通りは17年から東京マラソンのコースになった。店の周辺は、隅田川を越えたランナーが墨田区入りする“名所”となっている。信二さんお手製の「ふわとろデミオムライス」を食べながら、春のにぎわいが待ち遠しくなった。
(堀北 禎仁)